特別演奏会第10回ひまわりコンサート
2000年3月23日・木 開演:19時00分 会場:いずみホール

指揮/田久保裕一


佐竹しのぶ/ソプラノ


竹崎直子/ソプラノ


黒江 薫/メゾソプラノ


植田恵子/フルート


東 美和/ソプラノ


豊田典子/ソプラノ


高橋小枝/ピアノ
三月も下旬に入り、いよいよ桜の便りも遠くないことを思わせる暖かい雨の夜、 大阪シンフォニカーの第十回ひまわりコンサートを聴きに出かけた。会場は名に し負う超一流のコンサートホールである大阪ビジネスパークのいずみホール。
ひまわりコンサートといえば関西における新人演奏家の登竜門であるが、新人にと ってこの素晴らしいホールでソロで演奏出来ることは一生忘れ得ない、貴重な体 験となるであろう。 しかし、指揮者を除いて楽員は燕尾服ではなく略装のディナージャケット(タキ シード)姿であった。ソリストが全員新人とはいえ天下のいずみホールでの、そ れも夜のコンサートである。略式ではなく、きちんと正式な燕尾服を着るべきだ ったのではなかろうか? 第一の疑問点であった。

出演は七人、全て女性で声楽が五人(ソプラノ四人、メゾソプラノ一人)、フルー トとピアノが一人ずつという構成であった。指揮は新鋭の田久保裕一氏、オケは 勿論我等が大阪シンフォニカーである。
まず一番手は、奈良教育大学出身の佐竹しのぶ女史で、曲目はベルリーニのオペ ラ「ピューリタン」より“あなたの優しい声が”であった。何でもそうであるが 、最初の一人というのは緊張するものである。小学生の頃の予防注射などを思い 出して頂きたい。僕なんぞ姓が「あ」で始まるので大抵のことを最初にやらされ たが、なかなかに厭なものであった。しかし佐竹女史の唄いっぷりは実に堂に入 ったもので、そのような緊張による萎縮など全く感じさせない堂々たるものであ った。演奏家としてこの強心臓は、とても大切な資質であろう。プロテスタント のクリスチャンである僕にとっては個人的に大変興味深い、清教徒戦争時代の悲 恋を描いたこの作品だが、狂気を孕んだ女性の恐ろしいまでのひたむきさを感じ させる熱唱であった。

続く二番手は同志社女子大学出身の竹崎直子女史。同志社大学出身の僕にとって は同窓みたいなものなので、ついつい聴く方も力が入ってしまう。曲はシャルパ ンティエの歌劇「ルイーズ」から“その日から”というアリアだが、シャルパン ティエといってもバロックの巨匠マルク=アントワーヌ・シャルパンティエでも 僕のハンドルネームであるアンリ・ドゥ・シャルパンティエでもない(笑)。二十 世紀の作曲家、ギュスターヴ・シャルパンティエである。従って舞台も今世紀初 頭のパリー。前世紀から引き続き都市が巨大に膨張し、産業文明が世界中に広ま りつつあった時代である。新たな都市住民層であるプロレタリアートの娘ルイー ズと貧乏詩人ジュリアンとの恋物語の中でもこのアリアは、ジュリアンと一夜を 過ごしたあとのルイーズがその喜びを歌い上げるという艶めかしいもの。竹崎女史はセックスのあとの気だるさを表現するにはやや健康的であったが、若い乙女 の喜びを素直に歌い上げ好感がもてた。

そして三番手の黒江薫女史は神戸女学院出身。当夜唯一のメゾソプラノで、時代 も国も違う二つのオペラアリアの独唱である。まずはイギリスバロックの巨匠ヘ ンリー・パーセルの「ディドとエネアス」から“私が死んで土に埋められても” 。この歌劇は古代カルタゴをの女王ディドとローマ帝国の勇者エネアスとの悲恋 もので、まさに自殺して死につつある女王の絶唱のアリアなのである。黒江女史 は華やかさはないものの渋く整った性質で、痛切なアリアを唄い切った。それに 続けて今度はロッシーニの「シンデレラ」のアリア“不安と涙のうちに生まれて ”であるが、ロッシーニという作曲家はモーツァルトと並んで「最もボロを出し てはいけない作曲家」であろう。一見単純で美しいメロディーであるだけに、作 曲者が要求している演奏水準が実は極めて高い。しかもこの曲はオペラ全体のフ ィナーレを飾るものだけに新人がソロで唄うのはどうかと思ったのだが、やはり 少し難しかったのではなかろうか。とにかく無難にまとめた、という印象が残る 演奏であった。

次の四番手は前半唯一の器楽、そしてまた同志社女子大学出身者であるフルート の植田恵子女史であった。恥ずかしながら不勉強で知らなかったが、ジャン=ミ シェル・ダマーズという現代フランスの作曲家によるフルート協奏曲である。19 93年のランパル・コンクールのために書かれた曲だから本当にまだ真新しいのだ が、フォーレを思わせる印象派チックな美しい曲で、「現代音楽的」な難解さは 全くなく、個人的に非常に気に入った。とはいっても現代のコンチェルトである から編成は変っており、二楽章しかない。植田女史はコンチェルトのソリストと しては極めて異例なことに、楽譜を見ながらの演奏であった。これといって難の ない水準の高い演奏だったが、曲が素晴らしかったにもかかわらず聴き終わって から印象が薄いのは、そういうところに原因があるのかも、と思ってしまった。 前回定期演奏会の一柳慧氏のピアノコンチェルトのような超絶技巧を要する曲な らともかく、現代曲にしてはとても解り易いメロディアスな曲であったので、で きれば暗譜にして欲しかったと思う。

前半の締めくくりは五番手で、桐朋学園大学出身の東実和(あずま・みわ)女史 であった。ソプラノ独唱で、ドリーブのの歌劇「ラクメ」から“鐘の歌”である 。当夜のプログラムで唯一全然知らない作曲家の全然知らない曲であったが、プ ログラムに拠ると十九世紀、大英帝国支配下の印度を舞台にしたオペラとのこと 。さすればこれも今世紀の曲なのだろう。ヒンズー教の伝説に基づいた物語だそ うだか、確かにかなりエキゾチックなメロディーであった。このアリアはバラモ ン僧ニラカンタの娘ラクメが父の命に従い、恋人である英国人ジェラルドを騙し ておびき寄せるために乞食の恰好をして唄うものであるらしい。実際鐘の音を模 したコロラトゥーラの技巧的な難曲だったが、東女史は揺るぎ無い音程で堂々と 唄い切った。声量的にはやや物足りなさが残ったが、技巧の面では文句のない演 奏である。ハプスブルク家の宝石ともいうべきあのウィーン美術史美術館で「魔 笛」の夜の女王に抜擢されたという実力のほどが、いかんなく発揮されていた。

そして休憩を挟み、後半に入る。残りは二人である。まずは大阪教育大学出身の 豊田典子女史のソプラノで、曲はドニゼッティのオペラ「アンナ・ボレーナ」よ り“私の生まれたあのお城”〜“邪な夫婦よ”の二曲。イタリア語のタイトルだ と何のこっちゃであるが、要するにヘンリー8世の王后アン・ブリーンの悲劇的 生涯を描いた作品である。“私の〜”は王の離婚要求に応じなかったため囚われ の身となったアンが処刑当日悲しみと恐怖で錯乱し、前夫ペルシの幻影に「私を 懐かしい故郷の城へお連れ下さい」と訴えて侍女達の涙を誘うというもの。“邪 な〜”は国王夫妻の結婚式のファンファーレが鳴り響き正気に戻ったアンが「邪 な夫婦の婚礼に私の血を注ぐがよい」といい放ち、それでも最後は二人を許し毅 然として刑場に向う、という感動的な終曲である。大変にドラマチックなオペラ のそれもクライマックスなのだが、たっぷりの声量でイタリアオペラの情感を見 事に表現する演奏であったといえよう。

続いて今日の掉尾、大阪音楽大学出身の高橋小牧女史のピアノソロによる、シュ ーマンのピアノ協奏曲イ短調作品54となった。あまりにも有名なピアノ協奏曲 の傑作であるが、高橋女史の演奏は冒頭から力強く男性的で、時に、特に二楽章 では音の濁りが気になりはしたが、三楽章のカデンツなど名演といってよかろう 。オケも最後まで力を抜かず田久保氏のタクトを忠実に守り、端正な演奏ぶりで あった。 プロとはいえたかが新人のコンサート、森之宮ピロティホール程度でやればいい ものをいずみホールとはなんと贅沢な、と思って出かけたのだが、予想に反しな かなかの力量の持主が揃っており、大いに楽しむことが出来た。彼女たちの今後 の活躍が楽しみである。 また、プログラムの曲目解説は、全てかくソリスト自らが執筆していた。これも 面白く、かつ有意義な試みであるといえよう。

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