重盛 牧夫さん 次週の「カルミナ」とともに、今シーズン最も期待の演目の第70回記念定期である。休日、前橋さんのソロということも相俟って、悪天候にもかかわらず、特設シートまで出たのも当然といえようか。 ベートーヴェンのコンチェルトは、久しぶりの登場のようで、私自身シンフォニカーのコンサートに行くようになってからは、1度も聴いていなかった。やはり誰がソロをつとめるかが、一番重要なのだろう。この大曲にいつ挑んでくれるのかと心待ちにしていたプログラムである。 前橋さんは、その外見から繊細な美音のイメージがあるが、実際はそんな甘いものでなく、太く厳しいヴァイオリンである。甘美なロマンティシズムなどは微塵も感じさせない力強い音で、ぐいぐいと前に進んで行く感じ、随所に現れる細かいニュアンスの変化、そしてあの印象的なエンディング、余韻を感じる暇もないほどの割れんばかりの拍手は、聴く者の興奮が一挙に弾き出た素直な反応なのだろう。 バックの出来も見事、どちらかといえばソロに合わせて、という感じの演奏が多いシンフォニカー(だからこそ、ソロが気持ち良く演奏できるという面もあって、それはそれで好ましいのだが)だが、常にない緊張感あふれるサポートだった。冒頭ティンパニの心憎い絶妙の入りから、最後の強奏まで一分の隙もないといっても過言ではないはずだ。 両者の見事なコラボレーション、ぜひ再演を望みたいものである。 メインのショスタコーヴィチの5番は、前コンマスのライカン・カラグローヴァが就任して最初の定演(34回)として世に問い、見事大阪府文化祭本賞を受賞した際の、シンフォニカーにとってエポックメイキングな作品。前回はシンフォニカーのオケとしての機動力を十全に発揮した演奏で、その際の厳しいリハーサルは、いまでも語り草になっていると聞いていただけに、今回どのような変貌を遂げているか期待は充分。作曲者自身の「証言」以降、多くの指揮者はその解釈に、多かれ少なかれ混乱を来たしていると思うが、ザンデルリング氏がどのようなアプローチをするかも興味の1つであった。 冒頭の不安な響きから、混沌へと導かれ、歓喜に擬せられた終楽章へと怒涛のように流れ込んでいくこの作品だが、基本的な解釈は前回と変わっていないように感じた。しかし、オケの実力は1回りも2回りも大きくなっていた。異様に大きなダイナミズムと、各パートの目を見張るような表現力、何よりも充実していた弦の厚みは出色の出来、そしてエンディングのあの極端な弛緩(躊躇い、不安)と緊張(歓喜)のコントラストなど、単に「革命」を喜ぶだけの演奏ではなく、そこに込められた皮肉のニュアンスも見事に表現し得たのではないかと思う。 最近の演奏に接する限り、「期待度ナンバーワン」のオケは、既に「期待に応えて当然」のオケに変貌しつつあるように感じるが、それは私だけだろうか。 15日の「カルミナ」まで、落ち着かない1週間である。