「劇場支配人」序曲はさわやかに始まり、会場の空気がさっとモーツァルト色に変わった所にコンチェルト第5番。急病の谷本華子に代わり、ソリストは首席ソロコンサートマスターに就任したばかりの森下幸路の代演であったが、彼本来の音の持ち味が十分に生かされ、とても美しいモーツァルトを聴かせた。ソロの始まった第1音の透明感には思わず引き込まれるものがあったし、2楽章のオーケストラの中から立ち昇って来る“歌”も十分堪能できた。3楽章も優雅さの中に時折覗く“顔”に多彩さが見られ、トルコ風の箇所は小気味いいテンポ感であった。マエストロの方にもう少し歩み寄りの姿勢が欲しい所もあったし、少々音楽にぶら下がる傾向のある所などもあり、丹念な準備期間があったなら更に感銘深いものになったであろうことは間違いなかったと思われる。
ただ彼に率いられた弦楽器群の音が確実に変化を見せており、これからのシンフォニカーがどう変わっていくのかが実に興味深いところである。
ムソルグスキーではマエストロも大熱演であったし、やはり金管楽器奏者諸氏に「お疲れ様」と言いたい。マエストロのムソルグスキーは“ラヴェルの”ムソルグスキーというより、“ムソルグスキーの”ムソルグスキーであると言えよう。つまりテンポ設定なども、原曲ピアノ版にほとんど忠実であると言えるし、どちらかと言えば、オーケストラの色彩感を際立たせるよりは、元の土臭いロシア的イメージが強い。割とムソルグスキー本来の音楽を無視し“ラヴェル”の展覧会の絵が一人歩きしている様な演奏の多い中、このような演奏に出会い、むしろもう一度原曲を見直してみようかという気にさせられた。ただそれぞれの絵の情景描写にもっと起伏があっても良かったのでは?特に“古城”の寂寥感(サックスは素晴らしかった)、“ひなの踊り”のユニークな遊び感覚、“バーバ・ヤーガ”のスピード感やスリル感、“キエフの大門”のコラール風の祈りの箇所での音の浮遊感など・・・勿論これらの事は好みの問題もあるかもしれない。最後の盛り上げ方、はちきれんばかりのオーケストラの鳴らし方などは見事なもので、聴衆もその迫力にのまれていた様だった。