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曽我大介氏の音楽監督就任より度々大阪シンフォニカーのコンサートに通わせていただいています ザ・シンフォニーホールで初めて曽我氏の指揮に接し音楽つくりの確かさに感心し、これはいけるぞとおもいましたそれ以来私が聴きたくなるプログラムが結構多いのでどんな演奏になるのか楽しみに出かけていますそして今日のプログラムハイドン95番交響曲、第三ルーマニアの3公演の後、ホームともいえるザ・シンフォニーホールでの演奏会にのぞむと、「帰ってきたな」という深い感慨がわいてくる。そして、各楽器の繊細な表現が伝わり、柔らかく溶け合う音響やスタッフのもてなしなど、その優秀さをあらためて実感する。
さて、演奏だ。
久し振りに欧州サッカーにたとえていうと、ボールの展開が「縦に速い」、イングランドのプレミア・リーグ風。 ゲーム・メーカーに一度ボールを預けてキープさせ、個人的なひらめきで展開を探るという大陸風(それも昔の話になりつつあるんだけど)の趣きではない。つまり、テンポの伸縮を最少限にとどめて「ため」を作らず、メロディーやハーモニー、掛け合いなど、作品の構造自身に音楽を語らせていく。「第9」独特の神秘性、高揚感を表現するための誇張を、大幅にはぎとったスタイルだったのだ。
テンポはいずれの楽章も速め。伸縮は少ないものの、硬直した感じではなく、自然な流れで、息づかいやニュアンスは伝わる。「ため」を作らない分、大見得を切ったような盛り上げはないし、ffも力任せにはならない。おかげで、響きの透明感や柔軟性は常に保たれ、響きの奥にしっかりと「熱さ」を感じさせる。第3楽章ですら、比較的すらすらと進んでいく。
第4楽章は、しっかりと盛り上がった。スタイルはそれまでと同じだが、合唱が加わってから、音楽の推進力は一段とアップ。合唱団は安定感が高く、声量のコントロール、特にクレシェンドのスムーズさが秀逸だった。ppでもびびった響きにはならず、余裕と深みがあり、フーガの部分での思い切りのよさは痛快なほど。最後も、例によって「ため」を作らないテンポ設定だったが、どの音も響ききり、説得力があった。
全曲を通じ、やや気になったのは、かなり徹底したアーティキュレーション設定。部分によっては、聞きなれた「第9」とは異質のマルカート、テヌートを持ちこんだために音楽が洗練され過ぎ、ベートーベン特有の土俗的パワーは物足りなくなっていた。ここまで来ると単なる好みの問題だろうが、微妙に「重さ」を残した先日の「7番」(ルーマニアの2公演)の方が、私自身は安心して身をゆたねることができた。