第64回定期演奏会
日時:1999年10月5日(火曜日)19:00
会場:ザ・シンフォニーホール
出演:
指揮/トーマス・ザンデルリンク
Sop/緑川まり
曲目:
ワーグナー/歌劇「タンホイザー」序曲
リヒャルト・シュトラウス/最後の四つの歌曲
ブラームス/セレナード 第1番 ニ長調 作品11
重盛 牧夫さん
いよいよ99-00シーズンの開幕、ミレニアムに向けての、大阪シンフォニカーの意気込みを楽しみに会場に赴いた。仕事が長引いて、最初のタンホイザーを聞き逃したのは非常に残念だったが、先に来ていた家内は、その音のパワーに圧倒されたらしい。返す返すも残念だった。
■4つの最後の歌
2曲目のシュトラウスは、シンフォニカーと共演の多い緑川さん、今まではソリスト陣の1人だったが、今回は文字通りのソロということで、期待の演目である。特にこの作品は、全曲「遅い」テンポであり、しかもp.pp.pppが非常に重要な曲。f.ff.fffやアレグロでは素晴らしい機動力を発揮するシンフォニカーではあるが、「遅い」「弱音」の作品には若干の物足りなさを感じることもあっただけに、興味深々である。
ソロの緑川さんはさすがの貫禄、イタリアオペラのドラマティックソプラノのイメージが強いが、感情をやや押さえ気味の表現は素晴らしい。失礼ながら後期ロマン派のリートにも、これほど造詣の深い方とは思わなかった。特に第3曲の「眠りにつこうとして」は圧巻だった。
さて伴奏のほうは期待以上の出来、深く沈潜する「死の予感」がよく表現されており、マーラーの「死の恐怖」とは異なる、シュトラウスらしさがよく出ていたと思う。
ザンデルリンクさんの指揮も、常任就任当時に比べ、ややテンポが遅目になってきており、「若々しく」「一生懸命」なシンフォニカーに、徐々に重厚さが加わってきている証左かもしれない。もちろんバブアゼさんがコンマスに就いて以降、弦の厚みが飛躍的に増したこともその一因であろう。
メンバー数の関係か、R.シュトラウスを取り上げる機会が少ないが、個人的には積極的に取り組んで欲しい作曲家の1人、ぜひとも「ツァラ」(ツァラトゥストラはかく語りき)や「英雄の生涯」も聴いてみたいと思ってしまう。
■セレナード1番
さてメインディッシュのブラームスである。在阪オケの中でも、トップクラスの木管陣(決して金管陣が劣るということではなく)を擁するシンフォニカーにとって、ブラームスは十八番の作曲家と言えるかもしれない。年末恒例の第九は別にして(協奏曲も含めた)管弦楽作品はベートーヴェンよりも、演奏回数が多いのではないだろうか。
しかし、このセレナードはブラームスの後期の管弦楽作品に比べ、完成度がもう一歩の感も否めず、それだけにアプローチが難しいかもしれない。楽章構成は、おそらくモーツァルトの「ハフナー」等を意識したと思われ、古典派を指向したブラームスらしいと言えるが、6楽章中、緩徐楽章が1つだけ、スケルツォが2つでおまけにメヌエットまで付いている、というのも非常におもしろいものである。
演奏はやはりアレグロ系の楽章が、安心して聴ける。随所に現れる木管のソロ、特にファゴットやホルンの出来は出色と感じたが、それだけに出だしのホルンソロが、少しふらついたのは、最初の聴かせどころだけにやや残念だった。
それに比べ、第3楽章は少し緊張感に乏しかったように思う。確かにむつかしい楽章ではあるが、どうもシュトラウスに入れ込み過ぎて、ちょっと弛緩してしまったのかもしれない。
全体的には、立派な演奏と感じたが、今回は緑川さんの熱演もあり、シュトラウスのほうが良かったと思う。そしてそれが、決してFM収録のためではないと信じたい。
■オーセの死
随分小賢しいことを書いてしまったが、最も印象的だったのは、最後のグリーク作曲ペルギューントより「オーセの死」かもしれない。定演でアンコールをすることがあまりないザンデルリンクさんが、深刻な顔で珍しくスピーチされ、どうしかたのかと思ったが、「台湾大震災で亡くなられた方へこの曲をささげる」と話され、演奏が始まったとたんに、あの「阪神・淡路大震災」直後の定演が鮮明に思い出された。
初演された大前哲氏(現在は存じないが、当時は神戸に在住されていた)の新作で花石さんが、無常の弔鐘を打ち、最後の「オーセの死」ではあちこちからすすり泣きが聞こえ、自分も涙が溢れそうになった経験は、一生忘れることはできない。
音楽は人の死を悼み、悲しさを慰め、喜びを増すものであることを今回あらためて感じた。
最後に、「台湾大震災」で亡くなられた方のご冥福を心から祈ります。

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