
|
◆大阪シンフォニカー交響楽団第92回定期演奏会
20世紀ロシアを代表するふたりの作曲家の作品でまとめられた今回の定期を指揮したのは、現田茂夫である。現田の指揮には、これまで何度も接しているが、いつもオペラや、オペラ・アリアを中心としたコンサートなどで、オーケストラの定期で聴くのは、何故か縁がなくて、これが初めてである。そして、これまで特に感慨を覚えることのなかった現田を、少々見直す機会となった。
冒頭に演奏されたショスタコーヴィチの「祝典序曲」は、まさにそのタイトル通りの祝典的気分と快活さが全曲を覆っているという曲だけに、カッチリとしたテンポと良く弾むリズムで演奏すれば、それなりに格好がつくとも言えるが、現田はそうした点をクリアした上で、シンフォニックな響きも大切にしたダイナミックさを施して、祝典的な明るい気分をほど良く描き出した。
そのショスタコーヴィチの先輩格にあたるプロコフィエフの、最も広く知られたピアノ協奏曲である第3番では、横山幸雄が独奏を担った。横山は、プロコフィエフにふさわしいしっかりとした打鍵による明快な音と安定度の高いテクニックで、この難しい曲を見事に弾き上げた。音自体も決して粗々しくならない力強さにとどまっているのが良いし、表情もロマンティック過ぎない抒情性を感じさせる点も、作品の持ち味に沿っていて楽しめる。その独奏に劣らず、オーケストラも端正に整えられており、間然とするところがなかったのも驚きである。ピアノにしてもオーケストラにしても、ダイナミックさと歯切れの良さが求められるだけに、つい張り切りすぎて粗っぽい演奏になることが多いが、今回は本当にうまくまとめられていたと言ってよいだろう。
最後に再びショスタコーヴィチの作品で、交響曲第5番が演奏されたが、これもこのところのオーケストラの充実ぶりを再確認させた内容であった。現田は、特に何か変わった趣向を凝らしているわけでなく、堅実にカッチリと演奏していたが、主要な旋律ごと、あるいは部分ごとの気分の変化や雰囲気をしっかりと表現しており、全体を巧みにまとめあげたという印象である。幅広いダイナミズムの両端の対比もなかなかのものだし、騒々しくなりやすい最強音も、無闇に咆哮させず、きっちりとコントロールされていたところなどは、現田に予想していなかったことである。そしてどの楽章も、情熱的ではあるが、どこかにクールさを残しているあたりも、ショスタコーヴィチにはふさわしい。特に第3楽章など、もっとたっぷりと歌わせられそうなところを、耽美的にならないようにコントロールされており、必ずしも静かなだけではない音楽ながら、静謐さを感じさせることに成功していた。ほんの部分的にではあるが、意図が分かりにくいとか、音楽の流れが滞り気味になるところがあったことが惜しいと言っておこう。
(5月21日、ザ・シンフォニーホール)
(C)福本 健