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◆大阪シンフォニカー交響楽団第94回定期演奏会
第95回定期演奏会は、今年1月に正指揮者に就任した寺岡清高が、初めて定期に登場するということで、《寺岡清高正指揮者就任記念》と銘打たれており、R・シュトラウスのヴァイオリン協奏曲とマーラーの交響曲第1番「巨人」が演奏された。寺岡本人がプログラムに載せた挨拶でも述べているように、どちらの曲も、それぞれの作曲家の創作初期の作品で、若々しいエネルギーに満ちており、そこに寺岡自身の新しい門出に対する気持ちを重ね合わせたような、意気込みを感じさせるプログラミングである。
最初のシュトラウスは、豊嶋泰嗣が独奏者に招かれての演奏だったが、まさに若書きの作品らしく、確かに深みのある音楽とは言い難い曲ではあるものの、豊嶋にはもう少し聴き手に何かを感じさせるような工夫が欲しかった。技術的に破綻があるわけではないながら、ただひたすら音符を追っているような音の運びで、切れ味が悪いし、音色的かつ音量的にも独奏者然とした輝きに乏しかった。たっぷりとうたい上げられる第2楽章にしても、ベタベタとしない、良く言えば上品な仕上がり。そうした節度のある表現が豊嶋の持ち味なのかも知れないが、協奏曲ではもう少し華が欲しいものである。オーケストラはまずまず堅実であったものの、そのようなソロに対しては、いささか表現が控え目にならざるを得なかったのでは、という思いが残る。定期初登場の寺岡の実力も、決して悪くはないようだが、これでは判断しかねると思ったのが正直なところ。
しかし後半のマーラーは、シュトラウスとはまったく違って、実に見事な演奏を聴かせた。これこそ寺岡の実力なのだろう。かなり大きな編成のオーケストラで、室内楽的な緻密な表現を聴かせなければならないのがマーラーの交響曲だが、寺岡はそれを本当に緻密にやってのけた。管楽器の編成が大きいので、弦楽器の量感が不足気味だと言えるところもないではないが、基本的には管楽器を実に巧みにコントロールして、弦の声部も必要にして十分に聴かせている。そして何より、テンポや楽想の変化に対する対応が、少しもわざとらしさのない自然さに貫かれているのが良い。そうかと思えば、第2楽章の主部のリズムが少し硬いかなと思っていると、中間部の柔軟なリズムに出会って、対比を意図したものであることが分かるというように、頭脳的でもある。もしかすると、もっとダイナミックで情熱的な演奏のほうが一般受けするかも知れないが、すみずみまで気を配ったデリケートで美しい表現は、まさかここまでの演奏をするとは予想していなかっただけに、嬉しい驚きであった。ただひとつ、マーラーでの第2ティンパニの非音楽的な強打音は、寺岡の作る緻密な音楽を一撃で台無しにしかねないほどひどいものだった。他の楽器のデリケートな演奏から考えるに、練習時にそのような音を出して寺岡が許しているとは思えないのだが。本番では、奏者が好き放題しても、止めようがないし、結局すべては指揮者の責任になるわけだが、他が素晴らしかっただけに、何とも情けない思いをした。
(9月17日、ザ・シンフォニーホール)
(C)福本 健