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◆大阪シンフォニカー交響楽団第96回定期演奏会
細部では注文をつけたいところがあったにしても、このところ毎回、結構楽しめる演奏内容が続いていた大阪シンフォニカー交響楽団の定期演奏会だが、今回は残念ながらオーケストラにたいしたマイナス要因もなかったにもかかわらず、ほとんど楽しむことができなかった。
指揮に円光寺雅彦を迎えた今回は、芥川也寸志の「トリプティーク(弦楽のための3楽章)」、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲(独奏は漆原啓子)、ラフマニノフの交響曲第3番というプログラムだったが、いずれの曲もただ音符を音に置き換えているだけと言えるような、ほとんど閃きとか工夫といったものが感じられない演奏に終始した。冒頭の芥川作品からして、多少のざわつきを別にすれば表面的には手堅くまとめられている印象なのだが、表現が強弱のみに頼っているために、リズムの柔軟性やニュアンスに著しく不足し、ただただ平坦にあっさりと流れてゆくだけだった。せめてもう少し音の軽重などの細かい表情付けが欲しいところ。それはハチャトゥリアンでも同じで、漆原はとにかくひたすらカッチリと弾き上げており、それはそれで立派だったと言えるのだが、何をどのように表現しようとしているのかが伝わってこない。確かにこの曲は、ただ忙しくヴァイオリンが弾き続けるところが多くて、協奏的な面白さが少ないのだが、演奏するからには曲の面白さや魅力を伝える工夫も必要だろう。そのソロに対するオーケストラは、まったく伴奏に徹していて、ソロが鳴っている時は主要な旋律すら抑制され過ぎており、両者の絡み合いの面白さも味わえない。総体的には、良く言えばクールでモダンだが、雰囲気や香りに乏しく、冗長さを感じさせて終わった。
最後のラフマニノフは、最も練習量が多かったのだろうか、前の2曲に比べると少しは動きも出て、表現もダイナミックになっていたが、それは曲そのものがそういうふうに書かれているからであって、やはり基本的には楽譜通りに音を出していますといった感じ。もちろん指揮者は、何も考えずにただ拍子だけとっているはずはないから、円光寺だって何らかの表現意図をもって音にしていたのだろうが、結果として大きな音楽の流れも緊張感の持続も作り得なかった。特別に個性的な表現を求めているわけではないが、せめて聴き手の耳、注意力を引き付け続けられる何かが表現に現れてこないと、指揮者としての魅力は少ないと言わざるを得ない。
(11月12日、ザ・シンフォニーホール)
(C)福 本 健