第100回定期演奏会2005年04月12日(火)
指揮:大山平一郎 当楽団ミュージックアドバイザー・首席指揮者
オーボエ:宮本文昭
デ=メイ:大阪シンフォニカー交響楽団委嘱作品
第100回定期演奏会記念ファンファーレ
ブラームス:大学祝典序曲 Op.80 
モーツァルト:オーボエ協奏曲ハ長調 K.314 
ブラームス:交響曲第1番ハ短調 Op.68
◆シェフからのメッセージ
◆楽曲解説

◆大阪シンフォニカー交響楽団第100回定期演奏会
創立25周年を迎えた大阪シンフォニカー交響楽団の、今回は記念すべき第100回の定期演奏会である。創立当初は、困難を極めるオーケストラ運営を、ただやりたいのだという情熱に突き動かされた一個人が、どこまでやってゆけるのだろうかという不安を感じながらも、機会あるごとにその演奏を聴かせてもらってきた。そして、いつの間にか25年目を迎え、近年はとみに演奏に対する評価も高めている中での第100回定期演奏会を開催できたこと、まさに御同慶の至りである。今後も、ますます充実した活動を願うばかりだという思いを胸に聴いた演奏は、オーケストラのこのところの充実ぶりを、さらに強く印象づけるとともに、新たに首席指揮者となった大山平一郎の実力を示すものであった。大山は、1年ほど前に大阪シンフォニカー交響楽団に客演指揮して優れた演奏を披露したことがあるが、首席指揮者となってからは今回が初の定期演奏会で、今回の定期は第100回記念であると同時に大山の首席指揮者就任記念とも銘打たれている。
 前置きが長くなったが、冒頭に演奏されたのは、第100回記念定期を祝うとともに開演を告げるデ=メイの「祝典ファンファーレ」で、これは当楽団の委嘱作品である。ブラス及び打楽器だけによる3分半ほどのファンファーレだが、輝かしいだけではない荘重さを持った曲である。祈りを感じさせるコラール風の部分やメロディアスな旋律線など、変化に富むと同時に聴きやすくもあった。
続いてブラームスの「大学祝典序曲」が演奏されたが、大山はこれを基本的には、きわめてデリケートに表現した。ただデリケートさと力強さとの落差がいささか大きすぎた感は否めない。それをダイナミクスの幅が広いと言って片づけることは可能だが、美しい弱音に対して、そこまでの強音が必要だろうかということである。それでも至る所にしなやかな歌心が感じられたことで、全体としてはまずまず楽しめる内容であった。
 独奏者に宮本文昭を迎えたモーツァルトのオーボエ協奏曲K.314は、何と言っても宮本のスーパー・テクニックとウルトラ美音が強く印象づけられる演奏だった。均質で透明感のある美音は、それだけで大いに魅力的だし、いかなる部分も易々と音にしてしまう安定度の高いテクニックにも感心させられる。超絶的な技巧を要求される曲ではないにしても、これだけ見事に演奏できるということは、宮本が超一流のオーボエ奏者であることの証しと言えるだろう。それでも欲を言えば、蒸留水のようなピュアさも良いが、もう少し表情やニュアンスの多彩さからくる味わいを感じられたらということ。オーケストラは、やや控え目ながら堅実で美しい共演ぶりであった。
 最後に演奏されたブラームスの交響曲第1番は、今回の定期の白眉と言える内容であった。きわめてオーソドックスな表現で、何も特別変わったことをしているわけではないのだが、一音一音を丁寧に音にしながら、それぞれの音に大山の思いを、これでもかと盛り込んでいる感じで、表面的に美しく整えられただけの演奏とは比べものにならないほど、豊かなニュアンスが伝わってきて、演奏時間が短く感じられたほど。オーケストラにも力みがなく、まさにひとつの楽器として鳴っていた。どこかの楽器が不必要に突出するようなこともなく、きわめてバランス良くまとまっていながら、それぞれが十分に発言している感じは、なかなか得難いものである。わずかにティンパニが、決して暴力的とか音が汚いというわけではないながら、音量的に大きすぎたと思えるところがあったのが惜しいと言えば言える。定期としては珍しく、アンコールとしてメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」の第3楽章が演奏されたが、これも熱演だったブラームスの後の清涼剤のような清々しい演奏であった。
(4月12日・ザ・シンフォニーホール)
(C)福 本  健

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