
|
◆大阪シンフォニカー交響楽団第103回定期演奏会
創立25周年記念と銘打たれた今回の定期では、首席指揮者の大山平一郎がタクトをとり、ウェーバーの歌劇「オベロン」序曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」と交響曲第5番「運命」を演奏した。
冒頭のウェーバーは、特に序奏における神秘的なまでの弱音の美しさが印象的だったが、主部に入ってからも活力と表情の豊かさがあって、総体的に楽しめる内容であった。弦楽器の響きが充実し、重厚さもあったが、強音では曲の持ち味からすれば、やや開放的になり過ぎていたようにも思われる。
ピアノ協奏曲での独奏者に、わが国ピアノ界の大御所である中村紘子が迎えられていたのは、創立25周年という記念に華を添えるためだろうか。それにしては、結果としてだが演奏に難がありすぎた。「皇帝」という曲は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中では最も外面的な効果に彩られた作品ではあるが、中村のソロはまさしく外面的に派手なだけの演奏だった。楽器本来の美しい音や響きを無視したような粗っぽい強音は時としてヒステリックでさえあるし、勝手気ままと言えるほどのテンポの変化、音楽的必然性がほとんど感じられないほど急激な強弱の変化など、聴き手を感動に導くのではなくて、驚かせるだけのものでしかない。そのようなソロに対して、オーケストラがいくら豊かな表情で演奏しても効果は薄く、むしろピアノに合わせて頑張ってしまっていたようにも思える。また生演奏であるから、どんな名ピアニストにでも起こりうるミスについて、彼女の場合もあげつらうつもりはないが、せめて最強音だけでももう少しコントロールを効かせた美感を損なわない音で弾いて欲しいものである。もうそろそろ虚仮威し的パフォーマンス風の演奏ではなく、深い精神性を感じさせる演奏を聴かせてよい年代だと思うし、それによってわが国を代表するピアニストであり続けて欲しいと思う。
最後の「運命」は、パワフルな演奏に加えて、なかなかにユニークさも感じさせるものであった。第1楽章冒頭で有名な運命の動機がフェルマータ付きで2回繰り返されるが、楽譜には一切指示がないにもかかわらず、2回目の8分音符3つを強烈にテヌートさせること(もちろん同じような箇所ではすべてそうなっていた)や第2楽章の第2変奏部で第2ヴァイオリンの長音符を強調させることを筆頭に、ごく一般的にはあまり目立たない音を意識させるような作為があって、おもしろいと思うと同時に、少し作りすぎの感もないではなかったのも事実。第2楽章での旋律の柔軟なうたわせ方は魅力的だが、全体には流麗さより力強さが前面に出る曲だけに、大山もそこまで必要かと思えるほどの強音をオーケストラから引き出していた。それでもおおむね粗々しいとか騒々しいというほどでなかったのは救いである。
(9月28日・ザ・シンフォニーホール)
(C)福 本 健