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◆指揮に尾高忠明を迎えて演奏されたのは、武満徹の「死と再生」、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番、エルガーの交響曲第1番である。
冒頭の「死と再生」が取り上げられたのは、武満徹の没後10年に因んでということと、この曲の日本初演を尾高が行ったことも関係しているだろう。これは武満が映画「黒い雨」(1989)のために書いた映画音楽の中から1996年、武満が亡くなる直前に弦楽オーケストラ用に編曲した作品で、同じ映画から編曲されて「3つの映画音楽」に入れられている「告別」と雰囲気の似た曲である。その演奏は、武満の音楽らしい音の動きや響きが聴かれ、総体的には美しい仕上がりと言えるだろうが、さらにアンサンブルの緻密さや表情の繊細さが欲しいと感じられた。
小林美恵を独奏者としたブルッフも、この曲のロマンティックで甘美な持ち味と少し距離を感じさせる演奏。小林は、技術的には高い安定度を示し、身振りが大きくダイナミックな表情で弾き上げたが、音そのものに伸びやかさが少し欠けていたように思われること、弱音でのデリケートさとは対照的に、強音での技巧的なパッセージなどが何だかぶっきらぼうに感じられたことなどから、聴き手の心をぐいぐいと引き込んでゆくような魅力的な表現に至らなかった。オーケストラもやや元気一杯で、強音では騒がしさを感じさせた。音楽の流れをどちらの方向に向かわせているのか、しっかりと方向が定まっていないという印象である。そうしたことから独奏ヴァイオリンとオーケストラとの一体感もいささか希薄だったと言える。
ところがプログラム後半のエルガーになって、これが同じ指揮者とオーケストラかと思えるほど、演奏の充実度が変わってしまった。第1楽章冒頭から、音の質がグッと密になっており、響きの豊かさも数段増している。そして音の運びも前半にはなかった緊張感と流れの良さが加わっていた。尾高はエルガーを得意とする、と言うかエルガーで高い評価を受けている指揮者だから当然とも言えなくもないが、それだけの理由ではなさそうである。おそらく前半の2曲とは、練習量にかなり差があるのだろうと思える。そうでなければ、ここまで前半と後半の演奏に違いは出てこないだろう。それはともかくとして、演奏時間に1時間近くを要する、そしてイギリスの作曲家らしく派手な効果を狙ったところがほとんどない曲だけに、下手をすれば冗長さばかり目についてしまうこの作品を、少しも飽きさせることなく、最後まで良い意味での緊張感を持続させていた。尾高は決して意表を突くような演奏を聴かせる人ではないので、今回もオーソドックスな表現に終始したが、その中でしっかりとオーケストラをコントロール(実質的には前半よりを大音量を出していたはずだが、それでも少しも騒々しくならない)しながら、大変にバランス良い、しかも滑らかな歌心を感じさせる表情を聴かせていた。これはしっかりと練習を重ねて、尾高の意図がオーケストラに十分伝わっていたからだろう。
(9月13日・ザ・シンフォニーホール)(C)福 本 健