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メゾ・ソプラノ:エリーザベト・クルマン(ウィーン・フォルクスオーパー) フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲 マーラー:歌曲集「子供の不思議な角笛」より シューマン:交響曲 第3番 変ホ長調 Op.97「ライン」(マーラー編曲版) ◆シェフからのメッセージ ★楽曲解説 ■「子供の不思議な角笛」対訳 |
◆ 正指揮者の寺岡清高が指揮台に上がった今回の定期は、【20世紀のシューマン】とタイトルが付けられ、フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲、マーラーの歌曲集「子供の不思議な角笛」から7曲、そしてシューマンの交響曲第3番「ライン」のマーラー編曲版が演奏された。童話を題材としたメルヘンの世界を描いたフンパーディンクの前奏曲に、同じく童話や民話に基づいたメルヘンの世界と言えるマーラーの歌曲を続け、そのマーラーの目を通したシューマンの交響曲に到達するという、なかなか良く考えられたプログラムである。マーラーがシューマンの交響曲全4曲を編曲したのは20世紀に入ってからの晩年であり、しばしば批判のもとになるシューマンのオーケストレーションの貧弱さを補ったものとして、20世紀前半にはごく普通に演奏されていたのだが、20世紀後半に入ってからのオリジナル指向の流行によって、近年ではほとんどマーラー編曲版は演奏されていない。だから敢えてここで【20世紀のシューマン】と掲げたのだろう。つい先頃、リッカルド・シャイーがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を使ってシューマンの交響曲第2番と第4番のマーラー編曲版を録音したCDが発売されたばかりだが、世界的にはこのマーラー編曲版が改めて注目を集めているのだろうか。確かなところは分からないが、そうだとすれば今回の寺岡は流行の最先端を行っていることになる。
ところで今回の演奏だが、まずフンパーディンクは少々勢いがあり過ぎたと言えようか。メルヘンチックな題材の割に響きの厚い音楽で、そのためにセンス良くまとめるのは意外と難しいようで、確かにカッチリとまとめようとしていることは分かるものの、最強音などではややコントロール不足だったのか、雑然とした印象を残した。
マーラーの歌曲では、オーストリアのエリーザベト・クルマンというメゾ・ソプラノが迎えられていた。明るくリリックな声質で、その声の質そのものは魅力的と言えるが、声量や響きは特に豊かというわけでなく、歌も端正にしっかりと歌い上げている、いわば優等生的なまとめ方で、味わいを感じさせるまでには至らなかった。マーラーでは声そのもの、あるいは表現に何か毒のようなものが欲しいが、素直さだけが印象に残った。オーケストラもその声に合わせたのか、抑制が効き過ぎて、艶やかさに不足した。
と言うことで最後のシューマンに全力投球か、と期待したのだが、何故マーラー編曲版を使ったかということを分からせる内容にはならなかった。確かに旋律線が明瞭になり、音色的な変化や強弱の変化が多様になっているし、オーケストラが良く鳴るように書かれていて、シューマンのオリジナルより耳当たりが良いとは言えるが、それを表面的になぞるだけの演奏では、深みのある味わいを感じさせることができない。確かにていねいに演奏し、歌心も感じさせた演奏だったが、マーラー編曲版でなければならないという確信まで伝えることができなければ、意味がない。(5月11日・ザ・シンフォニーホール)(C)福本 健