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◆ 指揮に尾高忠明を迎えた今回のタイトルは【革命】で、20世紀のロシア音楽によるプログラム。と言っても中心はショスタコーヴィチで、ヴァイオリン協奏曲第1番と、コンサート・タイトルにもなった交響曲第5番であり、そしてそれらの前にリャードフの「魔法にかけられた湖」が置かれていた。
まず冒頭のリャードフが大変にデリケートで美しい秀演であった。ドビュッシーを想わせるような音の動きや柔らかい響きが中心となっている音画風の作品だが、どこかディーリアスのような雰囲気も感じられる。それが全体を通してほとんど中弱音以下の音量で演奏されており、力みはないが緊張感を伴った音の流れが何とも美しく、同時に音量バランスの絶妙さも特筆できる。最弱音の揺るぎなさも絶品。こうした曲は、まさに尾高の得意とするところと感じられた。
独奏を堀米ゆず子が担ったヴァイオリン協奏曲は、もちろん音の使い方はまったく違うが、気分的にはリャードフを引き継いだような第1楽章冒頭なので、無理なく自然に入り込んでゆけるあたり、尾高の意図的なものだとしたら、心憎いプログラミングと言えよう。「夜想曲」と題された第1楽章なので、表現もリャードフの延長線上にある感じ。なかなかにデリケートであり、クールな音の動きの中にエレジー風の情感がかすかに浮かび上がる。もちろん楽章が進めば急速なテンポになったり、動きが活発になるが、いつもコントロールの効いたアンサンブルと表現が聴かれた。独奏ヴァイオリンとのバランスで、少しオーケストラが抑制され過ぎかと思えるところもないではないが、決して伴奏に回ってしまうことなく、しっかりと音楽的な表現を行っていたところも良い。そして堀米のソロだが、これがきわめて安定度が高い上に、活力のある表情と恰幅の良さで聴き手を圧倒した。第3楽章に置かれたカデンツァも実に立派だった。
休憩後の交響曲は、実にきめ細やかにコントロールされていた前半とは違って、ずっと開放的な音と響きに彩られた。冒頭からなかなかに気合いが入っていると思われる雰囲気が感じられ、良い意味での力の入った音が聴かれた。少し響きの重心が高い、と言うか全体に重々しさより軽やかさが感じられるが、それは音楽の推進力があるせいだと思われるし、無理にパワフルさとか重々しさを出すよりずっと良い。そしてアンサンブルが大変に緻密で、すべてのパートが互いに良く聴き合っていることが分かる息の合い方とバランスの良さが認められた。と言っても、決して軽々し過ぎたり、ひ弱さがあったわけではなく、必要な所、例えば第1楽章や第4楽章の聴かせ所では、十分に豊かな音量を出していたし、それが決して汚い音にならない点も評価できる。全体にはまことに堅実でいて表情も豊かな演奏だったと言えるが、とりわけ第3楽章を筆頭に中弱音以下で演奏されている部分での中庸でいて品の良い表情こそ、尾高ならではの魅力として印象に残った。(4月11日、ザ・シンフォニーホール)(C)福本 健