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◆正指揮者の寺岡清高が進める「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲」シリーズの1回目で、演奏されたのはベートーヴェンの交響曲第2番とハンス・ロットの交響曲第1番。
まずベートーヴェンだが、この半月ほどの間に、なぜか立て続けにこの曲を聴くことになった。4月28日に日本テレマン協会の《クラシカル楽器によるベートーヴェン交響曲全曲公演》の第2回と、5月9日に井上道義指揮兵庫芸術文化センター管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲シリーズの第1回、そして今回の寺岡&大阪シンフォニカー交響楽団である。その中では、今回の演奏が最も充実した内容であった。ほとんど演奏されることがないロットの作品が後に控えていることから、ベートーヴェンが練習不足になるのではないかという懸念を抱いていたのだが、そんな懸念を吹き飛ばすように、冒頭から活力に富んだ演奏が繰り広げられた。策を弄することもなく、ほとんどイン・テンポで進められているのだが、リズムが良く弾んでいるので杓子定規な感じは少しもなく、強弱のメリハリも良く効いて、ダイナミックな中に豊かな歌心が感じられる美しい演奏であった。とりわけても漸強・漸弱における音量の移行のスムースで自然なことは印象深く、寺岡の音楽性の豊かさを示すところと思われた。
1858年にウィーンで生まれ、1884年には25歳で精神病院で亡くなったハンス・ロットが1880年に書き上げたこの曲は、作曲者の亡くなった状況も影響してか、没後100年以上を経た1989年になって初演されたが、それ以降も頻繁に演奏されているとは言えない。だからこそ「知られざる」シリーズに組み込まれたのだろうが、曲自体はさすがに20歳から22歳にかけての若者による作品らしく、楽想(少し恥ずかしいほど単純)や構成(極端に短い第1楽章など、バランスの悪さ)などに未熟さが感じられた。そして全曲を聴き終えて、ロットの本当の個性はどこにあるのだろう、と首をかしげた。と言うのが、第1楽章はほとんどワーグナー風、第2楽章は少しブルックナー風、第3楽章はまるまるマーラー風、第4楽章はブラームス風と、ロットの時代にあった音楽に直接的に影響を受けたような部分が多かったからである。ただしマーラー風の第3楽章は、年代を考えてみると、逆にロットがマーラーに影響を与えたのだろう。そして使用されている主題は、シンプル過ぎるほどシンプルで、かえって印象に残りづらい。それでも対位法的な書法などには面白いところもあるし、随所に魅力的な表情を聴くこともできた。今回の演奏は、少なくともそうしたことが聴き手にしっかりと伝わるだけの内容を聴かせたことを評価しよう。ベートーヴェンに劣らず、オーケストラのアンサンブルと表現力はしっかりとしており、後期ロマン派の作品らしい分厚い響きを騒々しくも荒々しくもなく、まとまりの良いサウンドで聴かせたこと、そして複雑な書法の部分でも各声部がバラバラになることなく、オーケストラとしてひとつにまとめていたことなど、寺岡の情熱と力量をハッキリと示した演奏であった。
(5月13日、ザ・シンフォニーホール)(C)福本 健