
|
◆ 今年4月に新音楽監督および首席指揮者に就任した児玉宏の、就任記念となった定期演奏会である。演奏されたのは、ウォルトンの戴冠式行進曲「王冠」、R・シュトラウスの交響詩「マクベス」、そしてプロコフィエフの交響曲第7番「青春」という、何とも渋いプログラムである。渋い、と言っても曲そのものが渋いというわけではなく、確かに「マクベス」は曲そのものがいくらか渋いとは言えるだろうが、むしろそれぞれの作曲家の作品としては、それほど人々に広く親しまれているわけではない、という意味で渋いのである。音楽監督就任記念ともなれば普通は、人々に親しまれている曲や、演奏効果の華々しい曲を並べそうなものだが、敢えてそうしなかったところに児玉らしさがあるのかも知れない。それは、今後の定期演奏会で児玉が登場する回のプログラムを見ても分かることだが、知名度の低い曲が多く並べられているように、知られざる名曲に光りを当てる姿勢を持っているのだろう。そして、そうした曲を魅力的に聴かせることができる自信も持っているのだろう。
今回のプログラムの演奏を聴いても、確かにそうした自信が窺える。冒頭のウォルトンは、1936年11月に予定されたエドワード3世の戴冠式のために作曲されたものだが、実際には半年後のジョージ6世の戴冠式で演奏された曲で、華やいだ雰囲気の楽しめる作品である。6分ほどの短い曲ながら、主部の快活な華麗さと中間部のたおやかな美しい旋律の対比も見事に、たっぷりとオーケストラを鳴らして演奏された。行進曲なので基本的には一定のテンポとリズムが主体となっているが、その中で濃やかに柔軟さも生かされていた。シュトラウスも、ウォルトン以上にオーケストラをたっぷりと鳴らし、かなり開放的と言えるサウンドで演奏した。下手をすれば騒々しいだけの演奏になりがちな曲だが、どの楽器も十分に鳴らしながら、決して騒々しくならなかったのは、児玉のコントロール力だろう。音楽自体もいささか複雑な曲だが、ダイナミックな音楽の運びと明快な表現で、まずは楽しめる内容。もう少し声部間の音量バランスに対する工夫が欲しいところとか、さらにアンサンブルの精緻さが欲しいところがあったことが残念と言えば言えるが、それは欲深いことなのかも知れない。
これら前半の2曲以上に魅力的な演奏になったのが、後半のプロコフィエフ。この作曲家の交響曲の中では、特に人気が高いというわけではないが、旋律の魅力に溢れていることや、書法がかなり単純明快なこともあって、聴きやすい曲ではある。それを児玉は、前半の曲を遙かに凌ぐコントロール力で、大変に美しい仕上がりの演奏で聴かせた。楽器編成は、シュトラウスとそれほど大きな違いはないのだが、響きに透明感があり、爽やかな空気に包まれた感じ。もちろんそれはプロコフィエフの書法、つまりあまり複雑なテクスチュアを用いていないことにもよるのだが、それを生かして明快な楽想を生き生きと歌わせ、魅力的な表情を生み出していたところこそ、児玉の持ち味だろう。
すでに過去に数度、定期演奏会に登場して、いずれも大変に味わい深い演奏を聴かせてくれた児玉が音楽監督になったことで、大阪シンフォニカー交響楽団が新たな時代に突入したことは事実だが、それが音楽的に大きな成長につながる時代であって欲しいし、児玉ならきっとそうしてくれるだろう。(C)福本 健