第128回定期演奏会2008年09月12日(金)

【児玉 宏のブルックナーIV】
モーツァルト 協奏交響曲変ホ長調K.364(320d)
ブルックナー 交響曲第1番ハ短調1865-66[リンツ版]
☆シェフからのメッセージ
▽曲目解説

◆【児玉宏のブルックナー】と題された今回の定期は、児玉が音楽監督・首席指揮者に就任する前に同楽団の定期で第3、7、5番の3曲を充実した名演で聴かせた流れを汲むものと言ってよいだろう。そして今回は、ブルックナーの交響曲の中でも滅多に実演で聴く機会がない第1番を選んだあたりに、児玉の意気込みが感じられる。その演奏に触れる前に、前半に演奏されたモーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364から始めることにしよう。
 山田晃子のヴァイオリンと今井信子のヴィオラを独奏としたモーツァルトは、美しく魅力的な作品にもかかわらず、何とも居心地の悪い演奏に終始した。ヴァイオリンの山田は、2002年のロン・ティボー国際コンクールでの史上最年少の16歳で優勝したという若手で、確かに安定した技巧の持ち主である。しかし音量は意外に乏しく、音の質は美しいのだが線が細い。初めて接する人なので、確かなことは分からないが、モーツァルトだからこのような軽やかさを意図したのかとも思う。しかし、弦楽器を6、5、4、4、2と刈り込んだオーケストラも、そのヴァイオリンに呼応したように、随分と抑えられた音量で、第1楽章冒頭から恐る恐る音にしているような印象。その後も伸び伸びと音にできないせいか、アンサンブルのまとまりにも欠け、表情にも生彩がない。最も音楽的な表現が聴かれたのは今井のヴィオラだった。ヴァイオリンとヴィオラが同じ旋律を交互に弾くことが多いこの曲では、独奏者がそれぞれの個性をぶつけ合うやり方と互いに寄り添って同質性を目指すやり方があると思うが、今回の演奏はそのどっちにも当てはまらない感じ。今井の方向感が定まった粘り気のある音の運びに対して、山田はあまり起伏のないあっさり気味の端正さで、音楽の感じ方そのものが噛み合っていないと思えた。
 ブルックナーの交響曲第1番は、改訂癖のあるこの作曲家らしく、リンツ版と呼ばれる初稿と、ウィーン版と呼ばれる改訂稿があるが、ブルックナーの初期の作品らしい素朴さが残されたリンツ版のほうを演奏する指揮者が多く、児玉もリンツ版を選んでいる。その演奏は、これまでの彼のブルックナー演奏と同様に、おもしろく聴かせようとか特別な効果を上げようといった作為的なものはなく、あるがままに音にしている感じなのだが、その中で音の運びや表情に音楽性の豊かさが感じられるあたりが、いかにも児玉らしいところだろう。オーケストラも編成が大きくなったからというわけではないだろうが、音量の豊かさもさることながら音の勢いが加わっていることやアンサンブルが緻密になっていることが印象的。曲自体が、後年の交響曲のようなブルックナーらしさが少なく、構成的にもすっきりし過ぎていることもあるのだろう、とりわけ魅力的とは言えないことが惜しいが、演奏は誠実かつダイナミックで、この作曲家の若々しさと木訥さをストレートに現したものと言える。(9月12日・ザ・シンフォニーホール)  
(C)福本 健

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