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◆ 音楽監督の児玉宏が続けている「忘れられた作曲家」の一環として、今回取り上げられたのは、19世紀終わりから20世紀初めのロシアの作曲家セルゲイ・イヴァノヴィッチ・タニェエフで、演奏されたのは彼の最も優れた器楽作品と評されるという交響曲第4番である。一般的には、ほとんど演奏されず、録音されたディスクも輸入盤で数点ある程度という状態の曲だが、これまでに児玉が取り上げた珍しい作品の実績から考えて、決してつまらない作品ではないと、ほぼ確信を持って臨んだ。そして実際、それは19世紀の終わり、1896年から翌年にかけて作曲された作品とは思えないほど旋律的かつロマンティックで聴き易く、楽しめる交響曲であった。管楽器群を厚く鳴らし、ダイナミックで重厚な響きを生み出す感じはロシア的と言えるだろうが、メロディや対位法的書法、そして楽曲の構成法などは西欧的、特にドイツ的なものを強く感じる。いわゆるロシア国民楽派とは一線を画した、主流派とでも言えるだろうか。チャイコフスキーの流れを汲むようでいて、チャイコフスキーほどの甘美さはなく、もっと男性的。そうした曲の持ち味を、児玉は身振りの大きい表現で最大限に生かしたと言える演奏を聴かせた。緩徐な第2楽章の終わりをソロ・ヴァイオリンで飾るところなどはブラームスを想起させるし、スケルツォの第3楽章(冒頭数小節でやり直しのアクシデントはあったが)での面白いリズムと軽快さは、少しメンデルスゾーン風なところもあるが大いに魅力的な音楽だし、第4楽章にややロシア的な雰囲気を感じるところもあるが、雄大さが心地よいなどなど、全体は難解さを感じさせない楽しさに貫かれていることを良く伝える演奏であった。確かに心が震えるとか何か精神的に深いものを感じるといった曲ではないが、もっと頻繁に演奏されても良い作品ではあると思える。 タニェエフに先駆けて、前半に演奏されたのは、20世紀アメリカの保守派を代表するバーバーの作品2曲。まず「管弦楽のためのエッセイ第1番」が演奏されたが、ネオ・ロマン派とされるバーバーらしいロマンティックな旋律を主体としているため、児玉はやや遅めのテンポで重厚に、そしてまことに情感豊かに美しく演奏した。後半の軽快な部分も流麗さを感じさせたが、全曲に亘って強音をもう少し抑制したほうが、もっと味わい豊かな演奏になったのではないかという思いも残った。バーバーのもう1曲は、竹澤恭子を独奏に迎えたヴァイオリン協奏曲。これは凄い演奏だった。竹澤はこの曲を最も重要なレパートリーとしているのだろう、完全に手中に収め切った安定感に加え、まさに竹澤ならではの気合いの入った音と表現で、鮮やかに演奏した。一音たりとも無意味に鳴らされることがない、すべてに意志が染み通ったと言える強靱な音と、もう一歩越えれば下品になりかねないほどの濃密な表情が、圧倒的な魅力として迫ってくる。最近では、そつなく無難かつ小綺麗にまとめるだけの演奏家が多くなっている中で、これほどの個性を音に盛り込める竹澤は貴重な存在と言ってもよい。その竹澤に対して、オーケストラも少しも臆することなく、堂々と充実した響きと表現で対応していた。バーバーのヴァイオリン協奏曲を、こんなに濃厚に演奏できるのだということを改めて知った楽しいひとときであった。
(6月18日・ザ・シンフォニーホール)
(C)福本 健