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◆ 《作曲家の肖像画》シリーズの第3回となった今回の定期は、ドヴォルザークに焦点を当てたプログラムで、指揮は大阪響定期3回目の登場となる秋山和慶である。曲は、序曲「謝肉祭」、ヴァイオリン協奏曲、そして交響曲第9番「新世界より」という、オーソドックスなもので、このところの大阪響の定期がとにかく珍しい作品が目白押しという印象が強い中にあって、むしろ異色のプログラムの感を与えるもの。
まず最初に序曲「謝肉祭」が演奏されたが、少し速めかと思えるテンポで、なかなか威勢の良い開始である。冒頭の主要主題が謝肉祭の喧噪を表すような賑やかさなので、活気のある表現をとったのだろうが、管楽器と打楽器の音量過多や、アンサンブルの粗さなどもあって、秋山の棒にしては珍しいと言える騒々しさと雑っぽさを感じさせる結果となったのが残念。
続くヴァイオリン協奏曲は、ニューヨークを本拠に国際的な活躍を続けている渡辺玲子を独奏に迎えての演奏。渡辺は、これまでに聴いた記憶通り、そして定評通りに抜群のテクニックと、楽器を存分鳴らした美しい音で、これでどうだと言わんばかりの見事なまでに達者な演奏を披露した。そもそも気の強さが前面に出る、そしてほとんど愛想もない演奏をする人だが、それが作品にマッチした時は強烈な印象を与えることもある。しかし今回の曲では、もう少し作品そのものとかメロディとかを慈しむような語り口や表情が欲しかった。技術的に無理なく弾けて余裕すら感じさせるのだから、返って表情の強さばかりが目立ってしまう。テクニシャンほどこういうことになりがちなのかも知れないが、やはりもう少し味わいが欲しかった。オーケストラは堅実だが、ヴァイオリンに合わせることの巧みさの割りに主張があまり感じられず、徹底して伴奏にまわったという印象を与えた。
しかし後半の交響曲では、一転してアンサンブルの緻密さと表情の豊かさが数段上がり、なかなかに感銘深い演奏となった。聴き慣れた、というか聴き飽きたとさえ言えるこのポピュラー名曲の「新世界より」を、これほど悦びをもって聴き入らせる演奏も珍しい。とにかく前半とは比べものにならないほどアンサンブルが精緻で、しかも音楽が良く動く。少しも杓子定規でなく、緩急自在なので表情が多彩で、各楽句、各楽節の魅力が存分に生かされている。楽器間の音量バランスも絶妙で、特に弱音でのデリケートな音量とニュアンスの美しさは際立っていた。全体にスラヴ系の土臭さがいささか希薄なのは、秋山の持ち味でもある洗練味ゆえだろうが、名演と言って良いこれだけの演奏に文句を付けることもあるまい。いつも堅実かつ紳士的で、少し物足りなさを感じさせることが多い秋山さん、今更ながら見直しました。そんな名演だけに、最後の音が消え入るように鳴りやんだ途端に「ブラボー」のかけ声がかかったのが、まことに残念。良い演奏であればあるほど、余韻が大切なのだから、拍手やかけ声は、せめて指揮者が棒を下ろすまで待って欲しいものである。
(01月24日・ザ・シンフォニーホール)
(C)福本 健