2006年12月26日 特別演奏会「感動の第九」曲目解説
◆ ベートーヴェン(1770-1827)の交響曲第7番を一言でいうならば、「何も足さない、何も引かない」という、どこかで聞いたことがあるキャッチコピーが思い浮かぶ。確かにこの交響曲は、あっても良さそうなタイトルがない。それが原因かどうかはわからないが、「英雄」「運命」「田園」「合唱」といったベートーヴェンの交響曲に比べて、今ひとつ認知度は劣る。しかしナポレオンを讃えることも、ダダダ・ダーンと衝撃を与えることも、鳥の鳴き声を加えることも、まして合唱を加えることもせず、トロンボーンもピッコロも入らないごくシンプルな編成で、このように本当に均整のとれた交響曲は、ありそうで実際そうはないものだ。この交響曲の聞き所は、まず全体の響き。シャープが3つのイ長調は、なにを隠そうオーケストラが最も明るく響く調性。理由はオーケストラの大半を占める弦楽器が明るく響くことと、オーケストラの魂ともいえるホルンが、高音の輝かしい音色で吹き鳴らすことにある。もっとも、これはホルン奏者にとっては重労働も意味するが…。また第2楽章のチェロの奏でるメロディーは、あなたの心をぐっと引きつけるはず。ベートーヴェンの時代、バッハに代表される対位法は、古くてダサイ音楽であった。しかしベートーヴェンはこの第2楽章で、あえて時代遅れの対位法を使い、みごとに新鮮な音楽を書き上げた。そうだ!いいものは古くたっていいのだ! 励まされたのは後輩作曲家達である。第3楽章は急速なスケルツォ。もはや原型となった古式ゆかしいメヌエットは陰も形もない。第4楽章フィナーレは急速なアレグロ。ワーグナーは「舞踏の聖化」と崇め、ウェーバーは「ベートーヴェンの精神は今や完全に破綻している」とけなしている。狂喜乱舞の後の休憩ではシャンパンでも飲んで喉を潤したい。ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』が、型破りの交響曲であることはみなさんご承知の通り。1時間を越える、当時としては常識を超えた演奏時間に加え、交響曲に声楽を導入し、さらに打楽器やコントラファゴットを加え、あるいはそれまで第2楽章に置かれていた緩徐楽章を、大胆にも第3楽章に配置転換するなど、数々の変革をしている。しかし本当の意味での大革新は、それまで教会の中に居た「神」を、外に引っ張り出したことである。第4楽章「歓喜の歌」で讃えられる「星の上に住まう」神は、キリストでもあり、またキリストでもない汎神論的な神。このベートーヴェンの権威にとらわれない宗教観を作ったのは、彼の生地ボンであった。17世紀から18世紀のボンは、音楽好きの選帝侯が続く文化的な町であった。ベートーヴェンの祖父が、ここの宮廷楽長をつとめたこともある。1784年マックス・フランツが選帝侯の地位につくと、翌年には大学を作り、先進的な思想の教授を集め、ボンはドイツ啓蒙思想の一大中心地となった。1789年19歳のベートーヴェンはこの大学に入学し、一番多感な時期、この大学で自由や正義を学び、教会の権威に対する疑念を抱くようになった。しかし1794年10月ベートーヴェンがウィーンに去った直後、フランス革命軍の侵攻により、ボンの繁栄と自由の中心であった大学はもろくも崩れ去った。ベートーヴェンにとって、交響曲第9番『合唱付き』を作曲することは、それこそ人生を賭けた戦いだったに違いない。
大阪シンフォニカー交響楽団ITプランナー 佐々木 修