2009年03月31日オーケストラの日コンサート 〜曲目解説

オーケストラの日2009コンサートへようこそ!

 今日のプログラムの前半は、ウィーンの作曲家ヨハン・シュトラウス2世のワルツとポルカを3曲お聞き頂きます。ウィーンは北緯48度に位置します。北海道の宗谷岬でさえ北緯43度ほどですから、ウィーンの冬は暗く、寒く、日照時間も冬至では8時間ほどです。つまり、待ちに、待って、待って、待った、喜びの『春の声』なのです。ポルカは元々チェコの速い2拍子の踊りです。『トリッチ・トラッチ』とは、およそ「ぺちゃ・くちゃ」という意味で、ウィーンの街角で、あることないこと、うわさ話をしている「おばはん」の様子を音楽にしたものです。『美しく青きドナウ』は京都の鴨川のように思えますが、本物のドナウ川は、500m以上の川幅に茶色の水が勢いよく流れています。「美しく青き」とは、戦地で故郷を想う兵士の心に流れる母なるドナウなのです。

 モーツァルトは最後の10年間、このウィーンで自由音楽家として生活しました。自由音楽家といえば聞こえはよいのですが、要するにフリーターです。モーツァルト自身は、宮廷音楽家などのポジションが欲しかったのですが、あまりにも奔放で、あまりにも世間知らずで、そしてあまりにも偉大な才能をもったモーツァルトに職を与える人はいませんでした。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、ちょっと長いタイトルですが、日本では「小夜曲」、西洋では「セレナーデ」といいます。

 グルックはモーツァルトよりも一世代前の作曲家で、やはりウィーンで活躍しました。『オルフェオとエウリディーチェ』は有名なギリシャ神話で、この歌劇の間奏曲『精霊たちの踊り』は、精霊が天国の野原で踊る場面の音楽です。誰だって、精霊や天国は見たことがないはずですが、本当に天国の音楽に聞こえるから不思議です。

 ブラームスは北ドイツのハンブルク生まれです。今でもそうですが、ウィーン人にとって北ドイツ人は、規則をきっちり守るけれど、ユーモアがわからない、頭が固い人間というイメージです。その堅物のブラームスでしたが、自分とはライフスタイルも音楽も正反対のヨハン・シュトラウス2世を、とても評価していました。また同じように、クラシック音楽とは正反対だった、ロマ(ジプシー)のメロディーに惹かれ、『ハンガリー舞曲』を編曲しました。あえて作曲といわなかったのは賢明でした。この曲を聞いたロマの人から、自分達の音楽を「ぱくった」と訴えられたのです。でもブラームスが、作曲とせず、編曲としていたことで、罪を免れました。

 ヨハン・セバスチャン・バッハは音楽の父と称されます。1000曲を軽く超える膨大な作品数も驚きですが、20人の子供を作ったこともすごいですね。そのバイタリティーあふれるバッハの作品の中で、もっとも心にしみわたる、そしてどこか懐かしいのが『G線上のアリア』です。

 『モルダウ』はチェコを流れる母なる川で、チェコ名では「ヴルタヴァ」といいます。チェコ国民音楽の祖と称されるスメタナでしたが、実はチェコ語が苦手でした。そもそもチェコが独立を果たしたのは、スメタナが亡くなってから24年も経った1918年のことで、それまで実に900年以上、ドイツやオーストリア=ハンガリー帝国の属国だったのです。そして、チェコを独立に導いた最後の切り札が、この交響詩『モルダウ』だと私は思うのです。もっとも、教科書にはでていませんがね…。

大阪シンフォニカー交響楽団ITプランナー 佐々木 修


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