大阪シンフォニカー交響楽団のプレ〈オーケストラの日〉コンサートにようこそ〜曲目解説本日演奏される曲はすべて19世紀に生まれた名曲ばかりです。この時代は、音楽の内容が様々な感情を表現したロマンティックなものとなり、それにつれてオーケストラの編成も大きくなりました。様々な楽器が生む、多彩な音色をお楽しみください。
フランツ・フォン・スッペ(1819-1895)はウィーンで活躍し、数々のオペレッタ(喜歌劇)で成功をおさめました。1866年(47歳)に初演された「軽騎兵」もそのひとつですが、今日では〈序曲〉だけが演奏されています。冒頭のファンファーレに始まり、馬で駆ける軽快なメロディを軸に、表情の変化に富んだ音楽が繰り広げられます。
昨年、生誕200年を迎えたドイツ・ロマン派の作曲家、ロベルト・シューマン(1810-1856)が「子供の」目で書いたピアノの小品集が《子供の情景》です。「夢見ること」という意味の〈トロイメライ〉はその第7曲。幸せが音楽にあふれています。1838年(28歳)の作曲で、当時シューマンは、2年後に結婚することになるクララととても幸福な時間を過ごしていました。この曲を広い空間で演奏するのは、この上もなく気持ちがいいそうです。本日はオーケストラでお楽しみください。
《狂乱のポルカ》とはまた物騒な題名です。ウィーンの人気作曲家ヨハン・シュトラウス2世(1825-1899)が作曲した、1862年(37歳)頃の作品になります。「ワルツ王」と称され、数々のワルツを書いたシュトラウス2世ですが、チェコを発祥とする2拍子の舞曲「ポルカ」も数多く手がけました。この《狂乱のポルカ》は「ギャロップ風」という副題もついた、にぎやかな音楽です。
ウィーン古典派を代表する、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)の《交響曲第7番》は、1812年(42歳)に完成しました。晩年の深遠な作風に移る以前の集大成となります。この作品のエッセンスは「大胆なリズム」と「歌心に満ちたメロディ」と言ってよいでしょう。第1楽章〈ポコ・ソステヌート→ヴィヴァーチェ〉では、伸びやかな緊張感のみなぎる序奏が、軽やかなメロディが勇ましく奏でられる主部へと連なります。
アントニーン・ドヴォルザーク(1841-1904)はチェコの国民的作曲家で、ボヘミアの民族色豊かな音楽が、この《スラヴ舞曲 第1番》にも宿っています。「フリアント」という情熱的な民族舞曲が用いられました。もともとはピアノ連弾曲として書かれた「スラヴ舞曲集第1巻」最初の曲です。曲集が書かれたのは、ドヴォルザークの才能を激賞したブラームスが出版社を紹介したのがきっかけでした。ブラームス《ハンガリー舞曲集》の第二弾を狙って1878年(37歳)に出版され、楽譜の売れ行きは好調だったそうです。
ロシアの作曲家、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)は、バレエ音楽の名手です。「白鳥の湖」は、1875年から1876年(36歳)にかけて作曲されました。ドイツの深い森の中、悪魔によって白鳥に姿を変えられた王女オデットを救おうと王子ジークフリートは懸命に努力するのですが、悪魔の策略にはまってしまい、二人は死を選んで天に昇ります。〈四羽の白鳥の踊り〉(第2幕)はコミカルな雰囲気も生む、おなじみの音楽です。
ドヴォルザークの《交響曲第8番》は、彼の書くメロディの豊かさを味わうにはぴったりの作品です。1889年(48歳)8月から11月にかけて作曲されました。はち切れんばかりの躍動感は、ドヴォルザークの作品でも群を抜いていて、まさに「生命力の爆発」とたとえることが出来るでしょうか。第4楽章〈アレグロ・マ・ノン・トロッポ〉はトランペットのファンファーレで始まり、その後にチェロが奏でるメロディをテーマとする変奏曲で構成されています。最後は興奮のるつぼとなるフィナーレで、こうしたダイナミックな響きはオーケストラを聴く醍醐味のひとつです。
小味渕 彦之