大阪シンフォニカー淡路定期 2001年9月30日 解説

2001年1月より大阪シンフォニカー交響楽団の音楽監督に、また4月からは常任指揮者のポストをも兼任する曽我大介が淡路島定期に初登場する。大阪の定期演奏会などでは、このオーケストラの現在と将来を見据えた、彼の考え抜かれたプログラミングが各方面の注目を集めているが、初登場となる淡路島定期では、何とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」という、クラシック音楽の本流中の本流の作品を中核に据えたプログラム。

ベートーヴェンといえばクラシック音楽の代名詞のような存在だし、しかもニックネーム付きの「英雄」とくれば、あまり変わり映えしないプログラムだなと思われた方がおられるかもしれない。しかしそれは必ずしも当たっていない。なぜならこの「英雄」交響曲こそは、指揮者にとってもオーケストラにとっても至難の作品であり、これをプログラムに据えるということは相当な覚悟が無ければ出来ないことだからだ。

もちろんどんな作品だってそうだといえばそうなのだが、とりわけこの作品は、演奏者の資質が、様々な意味であからさまになる試金石のような作品である。曽我大介がこの演奏会にかける意気込みが窺われると同時に、このコンビの将来を占う重要な演奏会となるだろう。第2回淡路島しづかホール・ヴィオラコンクールなど多くのコンクールで優勝を果たし、将来を嘱望される期待のヴィオラ奏者・須田祥子のソロが楽しみなバルトークの協奏曲とも相俟って、秋のシーズンの開幕を飾るにふさわしい演奏会となることだろう。

ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲 Op.84

 ベートーヴェンには全部で11曲の序曲が残されている。序曲といえばオペラがすぐに思い浮かぶが、ベートーヴェンはオペラをたった1曲しか書いていない(とはいえその1曲のオペラ「フィデリオ」に対して4曲もの序曲を残しているのだが)から、その大部分がオペラのものではないということになる。この序曲も1810年5月24日に、ゲーテの戯曲「エグモント」が、ウィーンのブルク劇場で上演されるに際して書かれた劇付随音楽の序曲に当たるものである。

 祖国オランダをスペインの圧制から救うために立ち上がったエグモント伯爵の悲劇と英雄性を描くというベートーヴェン好みのテーマに添って、序曲も最初は悲痛な雰囲気を湛えているが、最後は死に赴くエグモントの栄光を讃えて圧倒的な高揚をもって曲を閉じる。構成的にも、簡潔ながら序奏を伴った緊張感の高いソナタ形式で見事にまとめられている。

バルトーク:ヴィオラ協奏曲 Sz.120(遺作)

 20世紀を代表する作曲家の一人であるバルトークが、その最晩年の1945年に、ヴィオラ奏者のW.プリムローズの依頼を受けて手懸けた唯一のヴィオラ協奏曲。ただ残念なことに、病魔に冒されたバルトークは最後まで完成させる事が出来ず、スケッチを終えるにとどまった。彼が残した草稿は判読が困難な部分や記譜に不備な部分が少なくなかったが、バルトークの弟子でもあり友人でもあったティボル・シェルリの手によって何とか今日ある姿にまとめ上げられた。初演は1949年にプリムローズの手によって行われている。

 作風としては、各楽章の主題の性格や発想速度記号(Moderato,Adagio religioso,Allegro vivaceという指示はバルトーク自身のものではないが)、更には全体の構成に至るまで少なくない部分で同時期に作曲されたピアノ協奏曲第3番(この作品も未完成で、同じくシェルリの手によって完成されている)と共通した点を持ち、まるで双子のような作品である。晩年の作品に押しなべて共通することであるが、曲想は平明ですっきりしており、彼の晩年の澄み切った心境を感じさせる。

ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調 Op.55「英雄」

 音楽に様々な新風を送り込んだベートーヴェンの革命的作品群のなかにあっても、この「英雄」交響曲こそは、とりわけその新しい発想の仕方において、交響曲だけでなく音楽そのもののあり方を大きく転換させる記念碑的な作品となった。それだけに作曲された1805年当時の聴衆にとっては、この作品の革命的性格は非常に理解しがたいものであったようだ。「この作品ではどぎつさや奇抜さが余りにもしばしば見られ、そのことによって見通しが極めて難しくなり、統一がほとんど全く失われている」とか「全ての交響曲の中で最も長く、またひょっとすると最も難しい曲の際限のない長さは、専門家でさえ疲れさせ、単なる愛好家には耐えがたいものである」といった、現在から見ればおよそ見当外れとしか言いようのない評は、当時におけるこの作品の並々ならぬ新奇さと聴衆のこの曲に対する戸惑いをまざまざと伝えている。

 それまでの作品からは想像も出来ないような強い緊張感や曲の長大さ、それに時に耳を刺激する耳障りな響き(例えば第1楽章再現部に入る前では、第1、第2ヴァイオリンが未解決の属七和音を奏でる一方で、ホルンは主和音を吹奏している)といった大胆な作法は、快い上品な音楽に慣れていた聴衆にはいたく趣味の悪い奇妙な音楽に聴こえたのである。しかしベートーヴェンが音楽に真剣に対峙した結果、やむにやまれぬ表現として生み出されたこの作品が如何に至高のものであったかは、後の受容の歴史がはっきり物語っている。第1楽章は、まさに革命的なソナタ形式による長大で充実した楽章。第2楽章は荘重な葬送行進曲。第3楽章はベートーヴェンの最初の本格的といってもよいスケルツォ。フィナーレは、俗に「プロメテウス主題」と呼ばれる主題を性格的に変奏する変奏曲。

中村孝義  (大阪音楽大学教授・音楽学)(無断転載を禁ずる)

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