2010年05月22日《第61回名曲コンサート~曲目解説》

グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
 「どれだけ速く演奏できるか」で、オーケストラの技量を試すような楽曲があります。本曲と、スメタナの「売られた花嫁」序曲は、その代表格と言えましょう。この「ルスラン-」に関しては、録音を速い順に並べたランキング表まで存在します。しかし、ただ早業が求められているだけでは、名曲として生き残れはしないはずです。
 そこはロシア近代音楽の父、ミハイル・イヴァーノヴィチ・グリンカ(1804~57)の手になるだけに、1837年から6年をかけて書かれたこのオペラには、民俗性を押し出す大胆な全音音階の使用など様々な新機軸が盛り込まれています。ロシア近代の大作家、プーシキンの詩に基づく物語は、魔術師に許婚リュドミラを奪われた騎士ルスランが、魑魅魍魎や恋敵の妨害をはねのけ、花嫁を奪還するメルヘン。特に、圧倒的な人気を誇る序曲には、ルスランの溌剌とした躍動感やリュドミラの美しさを思わせる魅力的な旋律が凝縮されています。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 今でこそ名曲と呼ばれるものの、初演の時に評価が低かった作品は数知れません。これら名曲が持つ圧倒的な個性や鮮烈さが、余りにも保守的な演奏家や聴衆の耳には耐え難かったから、というのが真相でしょう。しかし、今年で生誕170年を迎えたロシアの大作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)による、この曲のように「悪臭を放つ」とまで酷評された例は、そうはないはず。私たちの耳には魅力的に響く民俗的な調べも、当時の名批評家ハンスリックにとっては嫌悪の対象となったのです。
 しかし、1881年の初演時からその真価を認めていたヴァイオリニストのアドルフ・ブロツキーの後押しもあって、後世の名奏者たちが名演を重ね、遂には「4大ヴァイオリン協奏曲」のひとつにも列せられました。透き通った湖面から感情の波が湧き立つような冒頭楽章、ロシア・ロマンティシズムの極みの緩徐楽章、そして祭りの躍動感に満たされた最終楽章。その全曲が、ソロ・ヴァイオリンのヴィルトゥオジティ(名人芸)に彩られます。吉田のしなやかな音色と、川瀬の鮮烈なタクトは、この曲の魅力を最大限に伝えてくれるでしょう。

リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」作品35
 「むかーし、むかし…」で語り始めるのが子供の童話だとすれば、中世からイスラム世界に伝わる「千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)」は大人のための童話と言えるでしょう。妻の不貞から女性不信となり、若い娘と一夜を共にした後に殺すことを繰り返している国王のもとに進んで嫁いだ、聡明で美しい大臣の娘シェヘラザード。ある時は人生の教訓を、ある時はエロティックな歓びを…彼女が語る物語の面白さに、国王はやがて自らの行いを悔い改めます。
 管弦楽法の大家、ニコライ・アンドレイェヴィチ・リムスキー=コルサコフ(1844~1908)の技巧の粋と言うべき本作は、1888年に作曲・初演されました。全4楽章には当初、「海とシンドバッドの船」「カランダール王子の物語」「若き王子と王女」「バグダッドの祭り、海、船は青銅の騎士の岩で難破、終曲」とタイトルが付いていましたが、出版時には削除されました。しかし、全楽章に共通する、ソロ・ヴァイオリンが奏でるシェヘラザードの甘美な調べ、波立つ海や嵐など音によるすばらしい描写には、もはや説明は必要ないでしょう。聴く者はただ、シェヘラザードの囁きに耳を傾けるだけで良いのです。

 寺西 肇(音楽ジャーナリスト)