2012年07月28日《第73回名曲コンサート~曲目解説》

ショスタコーヴィチ:祝典序曲 作品96
 何と爽快なオープニングでしょうか。いつも苦悩をため込んでいるような、しかめっ面のドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906~72)の私たちのイメージとは、ずいぶん違いますね。「祝典」の名に相応しく、晴れ晴れと華麗なこの曲は、ロシア革命運動を強力に推進するきっかけとなった「10月革命」から30年を祝う行事のため、1947年夏に作曲されました。しかし、諸般の事情から上演には至らず、結局、7年後のロシア革命記念日の関連演奏会で初演されました。表向きは、共産主義政権に迎合する素振りを見せていたショスタコーヴィチ。しかし、この作品が余りの喜びに満ち溢れているため、独裁者スターリンの死の翌年に初演されたため、それをひそかに祝う気持ちがあったのでは、とも噂されました。ソヴィエト崩壊後は、イデオロギーの呪縛が解けたのか、特に人気が高まっていて、オリジナルのオーケストラ版のほか、移調・編曲された吹奏楽版でも、よく耳にしますね。

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26
 次は、ショスタコーヴィチと同時代を生きた、セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1951)の作品です。20年にわたり、アメリカやフランスで生活したコスモポリタンだったプロコフィエフ。来日した際のインタビューで「ドビュッシーはインチキ」等々、歯に衣着せぬ言動で、当時の人々を驚かせたようです。4つのピアノ協奏曲のうち、特に佳品として愛されている第3番は、1921年の作曲。8年前に手を付けて放置していた変奏曲を第2楽章に据え、フランス・ブルターニュ地方に滞在中に完成されました。作曲の翌年に行われたパリ初演で“大ブレーク”して以来、20世紀を代表する名協奏曲のひとつに数えられます。 クラリネットのソロが二重奏へ移るアンダンテで始まる第1楽章は、すぐアレグロに転じ、ピアノとオーケストラが丁々発止のやり取り。不思議な浮遊感を持つ主題による変奏曲の第2楽章は、変幻自在に形態を変えてゆきます。作曲者が「ソロとオーケストラの討論」と称した最終楽章は、まさに白刃を交える真剣勝負。この楽章には、滞日中に聴いた長唄「越後獅子」の旋律が引用された、との説もありましたが、今は否定されています。

チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調「悲愴」作品74
 「この“標題交響曲”は聴衆にとって、謎であり続けるはず…標題は主観に徹し、頭の中をあちらこちらへさ迷いつつ作曲している最中、私は辛い涙にくれたほど…」。ロシアが生んだ偉大な作曲家、ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー(1840~93)は1893年、自身の第6交響曲について、後にこの作品を献呈することになる、甥のウラディーミル・ダヴィドフに書き送っています。幼なじみの死に触発され、“自伝”としてしたためたこの作品を、とても気に入っていたチャイコフスキー。同年10月にペテルブルクで行われた初演の不評にすら、動じることはなかったと言います。
 悲壮感に満ちて始まる第1楽章は、やがて生気を帯び、一時は熱情に覆い尽くされるが、最後は平穏に包まれます。第2楽章は、人生の春を思わせる、お得意のワルツ。躍動感あふれる第3楽章のスケルツォの喧騒は一転、第4楽章の深い悲しみによって、湖の底へと沈んでゆきます。初演のわずか9日後に世を去った作曲家は、この曲が自身の「白鳥の歌」となることを、果たして予感していたのでしょうか。

(C) 寺西 肇(音楽ジャーナリスト)(無断転載を禁ずる)