2005年05月27日 第101回定期演奏会曲目解説
■マーラー:花 の 章
グスタフ・マーラー(1860〜1911)の第1交響曲には、当初、現在の第1楽章と第2楽章の間にもうひとつの楽章があった。それが〈花の章〉である。
第1交響曲の多くの楽章は、マーラーがカッセルの劇場に勤めていた1884年ごろに手がけられたが、〈花の章〉も同じころに由来し、この劇場で活人画つきで朗読上演されたシェッフェルの詩物語『ゼッキンゲンのラッパ手』のために書かれた付随音楽がもととなっている。この演目は当時、非常に人気が高く、マーラーの音楽もドイツ各地の劇場で用いられたが、彼自身はやがてこの曲を自分の音楽性にふさわしくないと判断するようになった。しかし素材そのものには愛着を覚えていたらしく、交響曲の楽章として再構成することになった。交響曲全体は1888年にライプツィヒで完成し、翌年、《2部からなる交響詩》と題されてブダペストで初演された。次いで1893年と1894年にそれぞれハンブルクとヴァイマルで演奏された際に《巨人》という曲題と各楽章についての標題的説明が添えられ、「花の章 Blumine」という題もこのときに付けられた。しかし1896年のベルリンでの演奏に際して、単に《大オーケストラのための交響曲ニ長調》と改められ、各楽章についての標題的説明も、さらに〈花の章〉も、取り除かれた。この曲は、トランペットの奏するハ長調の郷愁感を漂わせたような旋律に始まり、中間部では短調のひそやかな音楽となって、その後再び、トランペットの旋律が現れてくる。牧歌的な美しさをたたえている曲であるが、激しい表出に満ちた交響曲のなかでは、違和感をもたらすものといえよう。
■ベルク:ヴァイオリン協奏曲
シェーンベルクやウェーベルンとともに新ウィーン楽派を形成したアルバン・ベルク(1885〜1935)の最後の作品であり、1935年2月、アメリカのヴァイオリン奏者、ルイス・クラスナーから作曲を依頼された。当時、ベルクはオペラ《ルル》に取り組んでいた最中であったが、4月にマノンという名の19歳の少女が亡くなり、激しい衝撃を覚えたことからにわかに作曲が開始された。マノンは、以前にマーラーの妻であったアルマと、後の夫で建築家のヴァルター・グロピウスとの娘で、ベルクも妻ヘレーネも彼女を特別に可愛がっていたのである。ベルクはこの曲を8月の前半まで4ヶ月をかけて書き上げ、「ひとりの天使の思い出に」捧げたが、彼自身も、完成からわずか4ヶ月後の12月24日、悪性の腫瘍がもとで50年の生涯を閉じた。初演は翌1936年4月19日、バルセロナ国際現代音楽祭において、クラスナーのヴァイオリンと、ヘルマン・シェルヒェンの指揮によって行われた。
この曲は2つの楽章からなり、それぞれが2つの部分で出来ている。
第1楽章 前半はアンダンテで、4分の4拍子の導入の後に2拍子になる。12音音列を素材としているが、ト−変ロ−ニ−嬰ヘ−イ−ハ−ホ−嬰ト−ロ−嬰ハ−嬰ニ−嬰ホという構成音(第15小節目に、この形で独奏パートに現れる)が示すように、三和音を内在しており、調性的な音楽のなごりを感じさせる。また下線を施した5度音程の積み重ねが、冒頭から繰り返し現れてくる。後半のアレグレットは8分の6拍子、やがて8分の3拍子になり、舞曲風に高潮してゆく。
第2楽章 カデンツァのような動きに始まり、前半はアレグロで狂詩曲のように激しい曲想が展開される。後半はアダージョ、4拍子となって、バッハのカンタータ第60番《おお永遠、そは雷(いかずち)のことば》の終曲コラールの旋律(元来、ルドルフ・アーレが1662年に作曲したもの)が変ロ、ハ、ニ、ホ…と現れてくる。バッハのもとの歌詞は「もう十分です。主よ、もし御心にかなうのでしたら、私を解き放ってください…」という意味で、この旋律はマノンやベルク自身の死を暗示しているとも理解できよう。曲の終わりはドミソにラが加わった響きとなって、浄化された気分のうちに結びとなる。
■ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 Op.73
ブラームス(1833〜1897)は彼の最初の交響曲を、20年以上もの期間をかけて完成させたが、第2番はそれとはうって変わって、1877年、ケルンテン州ペルチャッハでの一夏の滞在期間中に書き上げられた。初演は同じ年の12月30日、ハンス・リヒターの指揮するウィーン・フィルによって行われ、聴衆から熱狂的な反応を受けた。
第1楽章 ニ長調 冒頭にバスに現れるニ−嬰ハ−ニのモティーフを中心に導入的な部分が形成され、ティンパニの微かなトレモロがあたかも遠くの雷鳴を暗示したのちに、陽が差し込んでくるかのように明るいヴァイオリンの響きで第1主題が始まる。第2主題はチェロとヴィオラによって深々と歌われるが、やがて鋭い付点の楽句とともに音楽は勢いを得てゆく。コーダの前の幻惑させるようなホルンの長いソロは、聴きどころのひとつであろう。
第2楽章 ロ長調 チェロによる主題とファゴットとが対位法的に組み合わされて始まり、やがて、ひとつの楽句を多くの声部で模倣してゆく部分となる。中間部では嬰ヘ長調からロ短調へと転じ、厳しい曲想をも示してゆく。
第3楽章 ト長調 ゆったりとしたレントラー(田園風の3拍子の舞曲)と、急速なテンポの舞曲(最初は4分の2拍子、次は8分の3拍子)が交互に現れる。
第4楽章 ニ長調 明るく流麗な第1主題と低い音域でたっぷりと歌われる第2主題によって、ソナタ形式で構成される。展開部の終わりに弦がトレモロを持続し、その上で管が2分音符でハ−ト、変イ−変ホというふたつの4度下降を持続させた音型を描く個所があるが、これはマーラーの第1交響曲の冒頭部分の着想にヒントを与えたともいえよう。
(無断転載を禁ずる) (C)根 岸 一 美(大阪大学教授・音楽学)