2005年11月04日 第104回定期演奏会曲目解説
■シベリウス:交響詩 「フィンランディア」 op.26
スウェーデン系フィンランド人シベリウス(1865-1957)は、祖国ヘルシンキでのヴァイオリンと古典派様式の学習を経て、二十歳も大きく過ぎた1889年にようやくベルリン留学。2年後、知人のピアニスト兼作曲家ブゾーニの推薦状を携えヴィーンのブラームスを訪れるが、入門を拒否される。すると方針一転、ヴァイオリン弾きとしてヴィーンフィルのオーディションを受けたのだから、音楽家としての自活の夢は本気だった。いずれにせよ、ヴィーンフィル入団に失敗し、作曲家として身を立てる決心が付いたようだ。同年に祖国に戻り、作曲活動に専念することになる。
シベリウスが帰国したフィンランドは、帝政ロシアから半独立状態で、隣国の激しい内政干渉を受けていた。1899年、高まる愛国運動の最中、新進気鋭のこの作曲家も『歴史的情景』なる劇の伴奏音楽を担当する。舞台を締め括ったのが、管弦楽によるこの祖国賛歌だった。はっきりとした歴史的文脈に生まれた音楽だが、ここまで傑作なら政治や時代の制約も越えて人類の普遍的な名作として遺るという事実を証明するような作品だ。
アンダンテ・ソステヌートの序奏で、金管楽器が民衆の苦難を叫ぶ。アレグロにテンポを上げ、闘争の呼びかけが盛り上がる。やがて木管に賛歌風の美しい旋律が奏でられる。後にフィンランドでは愛国的歌詞を付けて歌われ、プロテスタント讃美歌にもなるほどの名旋律だ。賛歌が2回繰り返されるや再び闘争が描かれ、管が高らかに賛歌を奏でる。

■シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47
自らがヴァイオリン演奏家だったシベリウスが遺した唯一の協奏曲は、「フィンランディア」や第2交響曲の成功で勢い上がる気鋭の国民楽派作曲家時代、1903年に作曲されている。名奏者ブルメスターのために書かれ翌年にベルリンで初演された最初の版は、作曲者自身によって撤回され大幅に修正、05年に同じベルリンでリヒャルト・シュトラウス指揮ハリル独奏で改訂初演された。現在手に入る楽譜はこの改訂版である。古典派協奏曲の姿を踏襲した急緩急3楽章だが、要求する技巧の水準が高いだけでなく、音楽的な思考も独特。特にバランスを逸して巨大な第1楽章では、主題を出す過程が音楽的要素となったり、カデンツァが展開部に組み込まれたりと、古典の雛形を破る非常識な事態が連発する。それでいて聴衆に難解とも革新的とも感じさせないのは、さすがに大作曲家の腕だ。
第1楽章、4部に分割されたヴァイオリン群が弱音器を付けニ短調の世界を淡くほの暗く描く上に、独奏ヴァイオリンがアレグロ・モデラートで延々と第1主題部を主導する。短いカデンツァを終え、うねるような管弦楽が第2主題部を確保すると、再登場した独奏が変ニ長調で北欧の大空に天翔る雄大な歌を奏でる。一転、管弦楽がアレグロモルトで荒れ、静まるや、モデラートアッサイで独奏ヴァイオリンが長大なカデンツァで展開を開始。以降、諸主題が幻想曲のように現れ消え、まるで新しい要素も登場、壮絶なコーダに至る。クラリネットとオーボエの呼びかけに始まるアダージョ・ディ・モルトの第2楽章は、変ロ長調の穏やかな三部形式の歌謡。低弦、ティンパニー、独奏ヴァイオリンのそれぞれが少しずつずれるリズムを刻んで始まる第3楽章、ニ長調アレグロ・マ・ノン・タント。ふたつの主要楽節を繰り返す中に、重音を連発したり、裏声のようなフラジョで旋律を綴ったりと、独奏が難技巧を見せつける。

■ブラームス:交響曲 第3番 ヘ長調 op.90
ブラームス(1833-97)という芸術家は、矛盾に満ちた存在である。作品には万人を泣かせる名旋律がいくつもあるのに、メロディ発明家としての能力には疑問を呈される。古い時代の音楽を研究し合唱指揮者として演奏もしたのに、バロック音楽の本質である同一素材の繰り返しや明快なリズムは極端に嫌う。何よりも、正統派ドイツ音楽の守護者と持ち上げられるのに、やっている中身は公共性や社会性からほど遠い個人の内面の探求なのだ。
結末で勝利を謳いあげるベートーヴェン風の第1交響曲から約10年後の1883年、円熟の巨匠が短期で仕上げた3つ目の交響曲は、ブラームス芸術の矛盾をそのまま音に響かせたような「巨大な室内楽」。創作の背景には、娘ほども歳が離れたメゾソプラノ歌手への恋心があったとも説かれる。全曲のモチーフとなる冒頭のヘ−変イ−ヘという動きは"Frei aber Froh(自由、でも、楽しく)"なる作曲家青春時代から好んだモットーに拠っている、という作者友人の伝記作家の主張は、意味深いかも。なおこのモットー、第2音がフラットすることでヘ短調への傾斜が生じ、作品に複雑な陰影を与えている。指揮者の解釈によって大きく印象が変わる曲だ。
管楽器が曲全体のモットーを吹き上げ始まる第1楽章、アレグロ・コン・ブリオ。ヴァイオリンが高みから降下する第1主題を歌う下で、低弦らがモットーを上昇させている。第2交響曲の田園逍遥を連想させる第2主題は、グラツィオーソのクラリネットが奏でる。繰返し記号が付いた提示部を終え、比較的短い展開部では、優雅な第2主題が別もののように変貌させられる。類型的な再現部のあと、全てを回想するかのようなコーダに終わる。第2楽章、ハ長調のアンダンテ。3部形式の安らかな歌の緩徐楽章。ポコ・アレグレットの第3楽章、これまた3部形式歌謡。チェロが歌い出す有名なハ短調の旋律は、余りにも甘美だ。古典派交響曲なら歌謡と舞踏に明快に分かれる小規模な中間2楽章が、相互の性格を混在したような姿なのは、いかにも保守的革命家のブラームスらしい。ヘ短調のアレグロの第4楽章、提示部が拡大された展開部なしソナタ形式。劇的な提示から再現が続いた後、ウン・ポコ・ソステヌートのコーダでやっとヘ長調が支配、静かに全曲を閉じる。
(無断転載を禁ずる) (C)渡辺 和 (音楽ジャーナリスト)

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