2007年04月13日 第116回定期演奏会曲目解説
R.シュトラウス:交響詩 「ドン・ファン」 作品20
 
イタリア語でドン・ジョヴァンニと呼べば、モーツァルトのオペラ・ブッファの主人公になる。ものにした女性は千と三人、西鶴の「好色一代男」といい勝負だが、ただの好色漢ではなく、神との関わり合いが重大な要素になっている。とくにR.シュトラウスのドン・ファンは、ドイツの、といってもスラブとハンガリーの血を受けた詩人ニコラウス・レーナウの劇的な詩「ドン・ファン」によって、交響詩として創造された。
 シュトラウスは総譜の巻頭にその詩を書きつけているが、その一行ずつに曲をつけたわけではない。理想の女性を見つけようとして、ついにみたされぬまま、永遠の憧れを抱いて静かに死ぬ、というレーナウ的ドン・ファン像に基づいて、自由に作曲している。
 冒頭の導入主題は「悦楽の嵐」を表して激烈である、あるいは、これはドン・ファンを行動に駆り立てる悦楽への衝動といってよいかも知れない。女性の魔の国をさまようなかで、彼はいろんな女性に求愛する。なかにはドン・ファンをいなす女性も出てくる。そのつど、独奏ヴァイオリンやヴィオラとチェロの二重奏、フルートなどによって官能的な旋律が鳴らされる。
 だがどれもドン・ファンが求める相手ではなかった。すべてを否定するようなドン・ファンの第2主題がホルンで高らかに響く。それに対して、すでに出て来た動機や、最初の「悦楽の嵐」などがからみつき、からみあいながら、緊張を増し、高潮してゆく。しかし、最後に速度は落ち、レーナウの歌う「世は突如荒涼として暗闇となれり」のように、ドン・ファンが世を去ることを暗示して曲は終わる。
レーナウの詩は、スペイン発祥の快男児ドン・ファンを、ロマン風の悩める魂に変形している。だがシュトラウスの音楽は活発で派手で、相当原産の味に近く脚色している。

■ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品19
ベートーヴェンのピアノ協奏曲を聴くなら、まずこの2番から入り、1, 3, 4, 5, と聴き進むことをおすすめしたい。2番と1番ではベートーヴェンらしい完成度が違うのだ。1番は2番の3年後に作曲されたが、楽譜刊行の都合で1番の方が先になってしまった。
 2番の1795年から1番の1798年まで、3年間のベートーヴェンの進歩は著しい。内面の創作への衝動が、ようやく独創的な主題の提示と展開、さらに魅惑的な第2主題との競合という「技術革新」と結びつき、作曲家として開眼の季節が到来したのである。
といっても2番にはそれなりの魅力がある。20歳で故郷のボンからウィーンに出てきて5年、勉強中ではあったが、新進ピアニストとして相応の評価を受け、耳もまだ悪くなかったから、前途は希望に輝いていたはずだ。
 第1楽章の第1主題に伴う曲の流れは、ハイドンやモーツァルトの影響から抜け出していないように思えるが、曲が進むに従って、たゆたいの中にみずみずしさが感じられ、第2楽章のアダージョには、さらに心あたたまるような平和を感じとることができる。
第3楽章のロンドに至って、はじめてベートーヴェンらしさの片鱗が表れる。まるでカッコーの鳴き声のような、軽快でいきいきした主題がピアノ独奏で始まり、オーケストラが追っかける。「ついにやったね」といいたいところだ。
 このコンサート全体は「大山平一郎“謎”」と名づけられ、指揮者大山平一郎氏はチラシに「“謎”の本命はベートーヴェンです」と書いている。当時のベートーヴェンは、解けない謎、課題に悩んでいたと見る。面白い考えだが、わたくしは、ベートーヴェンは本当の自己と出会う前の、いわば美しい惑いの時期にあったのだと思う。悩みにそこはかとない甘美さが感じられるのだ。

■エルガー:創作主題による変奏曲 「謎(エニグマ)」 作品36
「ヴォルガの舟唄」を思わせる短い主題で始まる。変奏が14つづく。しかし短い主題は本当の主題でなく、本当の主題は、演奏のなかに決して姿を現さない。これはエルガー自身が語っていることで、この通りだとすると、14の変奏は、見えない主題に対する変奏なので、変奏相互のつながりや、発展様式をつかむことができない。かといって組曲でもない。総譜の最初のページに「Eniguma」と印刷されてあったので、まもなく「エニグマ変奏曲」と呼ばれるようになり、エルガー自身もその呼び方を許容した。
 謎はもう一つある。それぞれの変奏に名前のイニシャルや符号がつけられており、それはエルガーと親しい人々を表し、その人々に一曲ずつ捧げられたものであることがわかる。「かならずしも音楽家ばかりでなく、彼らを面白がらせ、自分をも面白がらせるためスケッチした」と、これもエルガー自身がいっている。
 14人はいったいだれなのか。これが第2の謎だったが、推理小説好きの多い英国人によって、これまでにほぼ説き明かされてしまった。とくに第1変奏は、9歳年上にもかかわらず、生涯よき妻だったエルガー夫人に捧げられている。こういうところに愛妻家エルガーの人間味がにじみ出ている。フィナーレの第14変奏の E・D・U は、夫人がつけたエルガーの愛称エドゥーで、作曲家の自画像だといわれる。第13変奏にはイニシャルではなく、☆☆☆だけがついているが、メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」が断片的に引用されているので、作曲当時、航海していた女性の一路平安を祈ったものとされている。
 謎が解明されてしまったいま、この曲の管弦楽としての面白さ自体が再認識され、欧米では演奏機会が多い。初演は1899年。日本では終戦直後、1946年4月にローゼンシュトック指揮のNHK交響楽団によって初演された。行進曲「威風堂々」だけでなく、エルガーはもっと知られてよい作曲家である。
(C)雑 喉   潤 (音楽ジャーナリスト)
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