2007年05月11日 第117回定期演奏会曲目解説
 今夜のテーマ『20世紀のシューマン』を読み解くキーワードは「おとぎ話」と「マーラー」であろう。
 ロマン主義は庶民のことばと題材による文学を提唱し、想像力を重視する。そしてドイツのロマン主義者たちは自国に語り継がれてきた「おとぎ話・童話・民話」の中に「ことば」と「想像力」の源泉を見た。19世紀にはアルニムとブレンターノによる民間伝承詩集『子供の不思議な角笛』(1806-8)が、次いでグリム兄弟の童話集(1812-5)が出版される。文学にも精通していたシューマンは、おとぎ話や夢、子供の無垢な想像力の中に芸術の根幹、真実の境地を求めている。青年マーラーも文学に熱中した。シューマンの傾倒したジャン・パウルの小説を彼も愛読し、その大作『巨人』を一時は第1交響曲の名前にしていたほどである。

■フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』前奏曲
 お菓子の家で有名なグリム童話によるオペラ。リヒャルト・シュトラウスが初演し、マーラーもいち早く取り上げている。フンパーディンクはワーグナーの助手として『パルジファル』作曲を手伝った人物だけあって、ライト・モティーフ(示導動機)を用い複雑な管弦楽法も駆使しているが、いかにも童話らしく肩の凝らない曲想で、楽しいファンタジーの世界へ導いてくれる前奏曲である。

■マーラー:歌曲集『子供の不思議な角笛』より
 マーラーの歌曲は、シューベルト、シューマンから続くドイツ・リートの系譜の上でも大きな位置を占める。中でも『角笛』はその多様なイメージと変化に富んだ音楽で異彩を放っている。
 ところで「おとぎ話」と聞けば、ほのぼのとしたメルヘンを連想しないだろうか? だが古代のイソップ以来、童話には怖い話・悲しい話・諷刺・怪談など「ほのぼの」でないものがいくらもある。グロテスクさもファンタジーと無縁ではなかった。『角笛』もそうした色彩の濃い歌曲集である。
 「おとぎ話」らしく、誰が語っているのか判りにくい場面や、行間を想像で埋めないと筋の繋がらない話もあるが、逆にそれが空想を掻き立ててくれよう。ロバへの皮肉でマーラーは何を言いたかったのか?未明に訪れる恋人はこの世の人なのか?「緑の草で蔽われた家」とは?自分のかわりにガチョウに歌ってもらう曲のぐるぐる回る旋律にはどんな情念が?天使がなぜ天国への道を阻むのか?想像力を総動員して聞いてみたい。演奏者がどう解釈しているのかも聞きどころとなろう。
※対訳はこちら

■シューマン:交響曲 第3番変ホ長調 Op.97『ライン』(マーラー編曲版)
 デュッセルドルフで指揮者となったシューマンは、この地域の風物や人々の暮らしぶりに触発されて5楽章の交響曲『ライン』を書いている(1850)。第1番『春』と並んでシューマンの明るい面が前面に出た作品である。マーラーは彼の交響曲4曲すべてを演奏しているが、『ライン』を取り上げたのは晩年のニューヨーク時代だった(1911)。
 シューマンの交響曲はその充実した音楽内容に比してオーケストレーションが貧弱だと評されることがある。彼を高く評価していたマーラーもこの点では同意見であった。いかにこれを「改善」して演奏するかがマーラーの関心事となる。現代では「古楽」派ならずとも原作に忠実であろうとするのが主流だが、100年前はそうではなかった。何の疑いもなく「より良くしよう」と信念を持って取り組んでいるのが興味深い。
 マーラーの編曲はレーガーがモーツァルトの旋律で別の変奏曲を仕立てたような「建て替え」ではなく、原曲の外形はそのままに、旋律やコントラストを強調して曲の輪郭をより明瞭にする「リフォーム」である。とはいえ全1168小節のうち400小節以上に手を加える入念さだ。現代のオーケストラでも箇所ごとに弦の人数を減らしたり、管を補強したりするのは珍しいことではなく、その範疇の改編も多いが、パートを左右に分けてステレオ効果を狙ったり、伴奏の弦をピツィカートに変えたり、フレージングや強弱にも仔細な指定をしていて、いかにも凝り性のマーラーらしい。
 大胆な楽器変更もある。シューマンの原曲はトゥッティ(総奏)が多く単調だという批判も少なくない。メリハリを付けるにあたってマーラーは無闇に補強や増員はせず、逆に随所で減員を行って強弱の差を広げている。トランペットとティンパニの出番は極端に減るが、いざ登場となれば一層華々しい。楽器を入れ替えて旋律を明瞭にするところなど、オーケストラを知り尽くしたマーラーならではのわざと言えよう。

第1楽章 「いきいきと」ソナタ形式。基調の3/4拍子と、小節線を跨いだ3/2拍子とが自在に交錯し躍動する。途中金管で始まる主題の後半(62小節、開始後約1分)は、原曲ではヴァイオリン・フルート・ホルンvsオーボエ・クラリネットの掛合いだが、マーラーは弦・木管vsホルンに置換えて対比を鮮明にしている。また再現部前の静寂では(367小節、同約6分)、2度響くホルンの1回目をゲシュトップフ(管を手で塞ぐ奏法)にして変化を付けている。

第2楽章 「とても穏やかに」スケルツォ、3/4。ライン川地方の舞曲に楽想を得たものであろうか、これも「おとぎ話」の文脈上にある。そう言えばマーラーも自分の交響曲でレントラーという地方の舞曲を使っている。冒頭主題の2度目をffにしたのはマーラーである。

第3楽章 「速くなく」4/4。牧歌的で、ヴァイオリンの旋律が美しい。マーラーもフレーズの明瞭化程度であまり手を加えていない。

第4楽章 「荘重に」4/4。シューマンは、ケルン大司教の枢機卿就任式に感銘を受けてこの楽章を書いた。宗教曲を思わせる重厚な音楽である。ここもマーラーの書き込みは少ない。

第5楽章 「いきいきと」4/4。シンコペーションがアクセントとなっている快活な楽章。原曲の冒頭主題は2回ともトゥッティだが、マーラーはまず弦のみ、2度目に木管を加えている。一層スピードを増した終曲部では、金管群を増強してフィナーレを華麗に演出している。

(C)三 ヶ 尻  正(みかじり ただし・音楽学)
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