2007年06月22日 第118回定期演奏会曲目解説
■メシアン:讃 歌
メシアン(1908〜1992)は20世紀のフランス作曲界の巨匠であり、最初は音楽における人間性の回復を掲げ、カトリック信仰を根底に置いた神秘主義的作品を発表(第1期)。やがてミュージック・コンクレートやリズムにおける音列技法などを探究(第2期)し、さらに鳥の鳴き声を基礎にした作品を発表して、自然界のすべてに絶対者の造化の妙を見るというカトリック世界観(第3期)に没入した。そのメシアンは20代の前半、つまり第1期のかなり早い時期に4曲からなる管弦楽曲のシリーズを作曲した。1930年の「忘れられた捧げ物」、1931年の「輝ける墓」、1932年の「聖体秘跡への讃歌」、1933年の「キリストの昇天」である。このシリーズの第3作である「聖体秘跡への讃歌」は、メシアンの言によれば『聖体としてのイエスの実在に捧げられた』もので、1933年3月23日にパリで初演された。その後、第2次大戦中にリヨンでの演奏のために楽譜が送られたのだが、その楽譜が紛失されてしまった。まだ出版以前の段階で、デュラン社が貸し出し譜を送ったものが紛失されたのである。紛失から4年後、メシアンは記憶を頼りに再構築し、タイトルも「讃歌」と改めた。
曲は急速で快活な部分と緩やかで黙想的な部分が交替する形で書かれており、そこにはメシアンの色彩に対する関心も直接的に盛り込まれている。それについてメシアンは『曲は色彩効果によって特徴付けられており、(ある部分に関して)音楽は金色と茶色を赤のストライプの入ったオレンジ色と結合し、あるいはオレンジ色と乳白色を緑色と金色に結合する』と述べている。■サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調 Op.61
サン=サーンス(1835〜1921)はヴァイオリン協奏曲を3曲残しているが、第1番と第3番はサラサーテのための作曲された。有名な「序奏とロンド・カプリチオーソ」も含めると、サラサーテのために協奏曲及び協奏的作品を3曲書いたことになる。第3番を作曲したのは1880年のことで、これがサン=サーンスが完成した最後のヴァイオリン協奏曲であり、彼のヴァイオリン協奏曲の中では抜きん出て広く愛好される作品となっている。ロ短調という悲劇的な性格の強い調性をとっていることにもよるだろうが、その音楽はもの悲しい気分が支配的で、それだけに相当な遠隔調である変ロ長調で書かれた中間楽章が際立った対照を見せている。第1楽章〜アレグロ・ノン・トロッポでソナタ形式。第2楽章〜アンダンティーノ・クワジ・アレグレットでソナタ形式。第3楽章〜モルト・モデラート・エ・マエストーソの序奏にアレグロ・ノン・トロッポでロンド形式の主部が続く。■ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ドビュッシー(1862〜1918)は、フランスの象徴派詩人マラルメから大きな影響を与えられ、その詩に曲を付けたりもしていたが、このマラルメとの交際の中から生まれた傑作が、1894年に書き上げられた「牧神の午後への前奏曲」である。ドビュッシーはマラルメの美しい詩「牧神の午後」に触発されて、その詩のための自由な挿画としてこの曲を作曲した。つまり単純に詩を音楽化したというものではない。しかしこの詩の内容を知ることは、この曲を楽しむ上で少なからず役に立つだろう。その内容とは《暑い夏の午後、岸辺の木陰で眠っていた牧神は、まだ醒めやらぬ夢心地で葦笛を吹き始める。やがて水浴するニンフの幻影を追い、さらに愛の女神ヴィーナスを抱く幻想に身を委ねる。しかし幻想は彼の腕からすり抜け、牧神は再び夢うつつのまどろみに落ちてゆく》というものである。■プーランク:「牝 鹿」 組曲
プーランク(1899〜1963)はフランス6人組のひとりであるが、その作品はオネゲルのものほど大胆ではなく、またミヨーほどに多産でもないが、軽快で趣味の良いことを特徴としている。和声やリズムも古典的なために“新古典主義”にも分類されるが、そこにフランス特有のエスプリを織り交ぜて、楽しく聴かれる作品を残している。
「牝鹿」はプーランクが、ロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフの依頼によって1923年に作曲した最初のバレエ音楽である。そのタイトルは、俗語的には“若い娘”とか“かわいい子”といった意味を持ち、このバレエでは当時のサロンにおける若い男女の戯れがスケッチされていて、特にはっきりとした筋はない。そのそもそもの発想は、マリー・ローランサンのいくつかの絵に啓示を受けてのことで、1924年1月の初演時にはローランサンが装置と衣装を受け持った。
1940年、プーランクは全9曲からなるこのバレエ音楽「牝鹿」の管弦楽編成の改訂を行ない、そのうち5曲を抜粋して演奏会用組曲を編んだが、それが今回演奏される「牝鹿」組曲で、アレグロ・モルトで4/4拍子の「ロンド」、2/8拍子の「アダージェット」、プレストで3/8拍子の「ラグ・マズルカ」、 4/8拍子の「アンダンティーノ」、プレストで2/4拍子の「フィナーレ」からなる。■ラヴェル:ボ レ ロ
ラヴェル(1875〜1937)の管弦楽曲の中で、おそらく最も広く知られていると思われるこの作品は、当時の有名な舞踏家だったイダ・ルービンシュテイン夫人の依頼で、1928年に作曲された。スペイン舞曲の名を持つこの作品は、そのユニークな構造から考えて、きわめて実験的な音楽と言うことができる。つまりラヴェルはここで、常に一貫したリズムと旋律を果てしなく繰り返し、しかも最後の8小節を除いてはまったく転調もせずに、ただひたすら最後の最強音に向かって徐々にクレッシェンドしてゆくだけという構成をとっている。それは下手をすれば、どうしようもなく単調な音楽になりかねないものだが、ラヴェルはそのクレッシェンドを楽器の組み合わせの変化によって生み出し、同時にその音色の多彩な変化によって単調さに堕することから救っている。まさに大胆な実験と言うべきものだが、ここで見せた緻密な計算と配慮は、それこそラヴェルならではのものと言える。
(C)福本 健(無断転載を禁ずる)