2007年07月20日 第119回定期演奏会曲目解説
■スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲 スメタナ(1824-84)はチェコ国民楽派を創始した作曲家で、チェコの自然と伝説を題材にした「わが祖国」(1872-79)のような交響詩によって、チェコ独自の音楽世界を表現することに成功しました。民族性が最もよく現れるオペラも8曲書いていますが、一番有名なのが第2作の「売られた花嫁」(1863-66)です。初演は1866年、スメタナがリーダーシップをとって建設を進めていたプラハの国民劇場のための仮劇場でした。フランス喜歌劇をモデルにした2幕の歌芝居でしたが、1870年に台詞の部分をレチタティーヴォに改訂して現行の3幕ものになりました。
マジェンカ(ソプラノ)はイェニーク(テノール)と相思相愛の仲でしたが、結婚周旋屋ケツァル(バリトン)が地主ミーハの次男の馬鹿息子との結婚を勧めて、イェニークにも300グルデンでマジェンカを諦めさせます。花嫁は売られたわけですが、テンヤワンヤの末にイェニークこそミーハの先妻との長男で、継母を嫌って出奔していた本人であることが分かり、周旋屋との契約どおり、マジェンカはミーハの息子とめでたく結ばれます。
序曲(ヴィヴァチッシモ)は青春喜劇らしい賑々しい音楽で、祝婚ドラマのムードをソナタ形式にまとめています。導入部のにぎやかなメロディーが第2幕の終曲に現れる以外は全く別の材料で、序曲が予告編のように先行して作曲された経緯が読みとれます。■ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲 ト短調 Op.33
ドヴォルザーク(1841-1904)はスメタナに続くチェコ国民楽派を代表する作曲家です。演奏家としてはヴィオラ奏者で、スメタナ「売られた花嫁」初演のときにもオケ・ピットで弾いていました。ピアノは得意ではありませんでしたが、ピアノを含む室内楽曲では自らピアノを弾きました。「ピアノ五重奏曲」「ピアノ三重奏曲・ドゥムキー」などの完成度からすると、かなりの腕前だったと思われます。
ピアノ協奏曲はこの1曲だけですが、チェコのピアニスト、カレル・スラフコフスキーの依頼によって1876年に作曲され、1878年3月24日に彼のソロによって初演されました。ピアニストのヴィルテュオーゾ的な腕前を顕示するよりも、オーケストラとのアンサンブルに重点をおいた地味なテクスチャーなので、演奏会で取り上げられる機会は多くありませんが、1919年にはプラハ音楽院のピアノ科教授ヴィーレム・クルツがピアノ・パートをカッコよく改訂して見せ場を作りました。しかし今回のソリスト、清水和音さんはドヴォルザークのオリジナル版を弾きます。スタイルの信憑性からも、作曲者の原典を尊重するのが現在のトレンドで、名優の名演には名作を必要としないように、スコアを生かすも殺すも奏者の腕次第です。第1楽章(アレグロ・アジタート)は協奏風ソナタ形式で、オーケストラとピアノが掛合いで二つの主題を提示します。終結部には型どおりカデンツァがありますが、全体にシンフォニックです。
第2楽章(アンダンテ・ソステヌート)はピアノが艶やかに歌う牧歌的な緩徐楽章です。
第3楽章(アレグロ・コン・フォーコ)はロンド・ソナタ形式です。ロンド主題は祝祭的な民族舞踊のリズムで、ピアノがきらびやかなところが聴きどころです。
■ドヴォルザーク:交響曲 第5番 ヘ長調 Op.76
若い日のドヴォルザークは当時の新進作曲家だったリストやワーグナーの新しい音楽に惹かれていました。交響曲作家として新しい音感の世界を目指したのは当然でしょう。しかしスメタナの指揮で1874年に初演した第3・第4交響曲などの新作をまとめて、宗主国オーストリア・ハンガリー帝国の国家奨学金制度に応募して400グルデンの奨学金を獲得すると、作風に変化が現れます。審査員にはブラームスやハンスリックなど、ドイツ音楽を代表するお歴々が名を連ねていましたので、引き続き援助を受けるためには、彼らの期待に応えることが必要だと思ったのでしょう。ドイツ音楽の古典的な様式感を尊重し、ハンスリックの忌避するリスト・ワーグナー系の新しい音楽のスタイルの代わりに、伝統的なチェコ音楽の要素を盛り込む独創的な方向へ転換します。その成果が第5交響曲です。自筆譜に記入された注釈によると、作曲は1875年6月15日から7月23日までの5週間で仕上げています。しかし初演は紆余曲折を経て1879年3月25日、アドルフ・チェフ指揮の国民劇場管弦楽団によって、プラハのソフィー・アイランド「スラヴ音楽祭」で行われました。楽譜の出版は更に紆余曲折を経て、ブラームスの出版社ジムロックから出たのは1888年で、それまでにドヴォルザークは初稿にかなり手を入れています。以来、ドヴォルザークの「スラヴ時代」を代表する作品として演奏される機会が増えました。第1楽章(アレグロ・マ・ノン・トロッポ)はクラリネットが牧歌的な第1主題を歌い出します。2拍子と3拍子が交差するボヘミアの舞曲、フリアントのリズム感が生きる経過句に続いて、ヴァイオリンが第2主題を奏でます。
第2楽章(アンダンテ・コン・モート)は3部形式で、チェロが主題を奏でますが、ドレンテ(悲しげに)と指示されています。ドヴォルザークが好んだ哀悼のボヘミア民族音楽、ドゥムカのスタイルを踏まえています。
第3楽章(アンダンテ・コン・モート クアジ・リステッソ・テンポ?アレグロ・スケルツァンド)は3部形式のスケルツォで、第2楽章と同じテンポの序奏が付いています。二つの楽章を融合しながら、イ短調からロ長調へ転調するところがドヴォルザークの妙技です。
第4楽章(アレグロ・モルト)はソナタ形式で、低弦の力強い序奏で始まります。第1主題はヴァイオリンが奏し、第2主題にはクラリネットが加わります。再現部は第2主題で始まり、序奏が再帰・展開し、最後に第1楽章の第1主題が回帰してクライマックスに達します。古典的な形式を逸脱して独自の世界に切り込んでいく姿勢が魅力的です。
(C)鴫 原 眞 一 (音楽評論家)(無断転載を禁ずる)