2007年11月02日 第121回定期演奏会曲目解説
■バーンスタイン:「キャンディード」序曲
レナード・バーンスタイン(1918〜1990)は、ウクライナ系ユダヤ人移民の3世としてマサチューセッツ州に生まれた20世紀を代表する指揮者・作曲家・ピアニストである。アメリカ人として史上初めてニューヨーク・フィルの音楽監督に就任するなど世界的な指揮活動の一方で、作曲家としても数多くの傑作を残している。
ハーバード大学を卒業し、自作の劇付随音楽を指揮して非公式ながら指揮者デビューしたバーンスタインは、交響曲第1番「エレミア」や第2番「不安の時代」などを発表、またミュージカルとしての初作品「オン・ザ・タウン」などで、作曲家としても確立していった。 この「キャンディード」は、フランスの啓蒙思想家ヴォルテールの「カンディード或いは楽天主義説」を原作とする音楽喜劇であり、脚本をリリアン・ヘルマン、作詞を主にリチャード・ウィルバーが手掛けた。当初オペラ・コミック的な方向性が強く、1956年12月ニューヨークでの初演は決して成功と呼べるものではなかったが、以後改訂が重ねられて1989年に今日の姿になった。旧版に比べて管弦楽も簡略化され、よりショー的要素が強くなっている。
歌劇としては2時間を要するが、この軽快な「序曲」は独立して演奏されることが多く、中に含まれるモチーフは、度々劇中に顔をのぞかせる。アレグロ・モルト・コン・ブリオ、変ホ長調、2/2拍子。■ガーシュウィン:ピアノ協奏曲 ヘ調
ジョージ・ガーシュウィン(1898〜1937)は、ニューヨークに生まれた作曲家・ピアニスト・指揮者である。本名はジェイコブ・ガーショヴィッツ、両親はロシア系ユダヤ人の移民だった。ガーシュウィンは10代後半から、音楽出版社に勤めながらポピュラー・ソングの作曲を始め、1919年の歌曲「スワニー」が大ヒット、一躍人気作曲家の仲間入りを果たす。また作詞家の兄アイラと組んで多くの楽曲を世に送り出し、後世に輝く多くのスタンダード・ナンバーを残した。
さらにクラシックとジャズの融合にも挑戦、ポール・ホワイトマンの依頼により「ラプソディー・イン・ブルー」を作曲、しかしまだオーケストレーションに精通していなかったため、管弦楽部分はホワイトマン楽団の専属編曲家であるグローフェに託された。
この「ピアノ協奏曲」が生まれたのは翌1925年。前作「ラプソディー・イン・ブルー」の成功を踏まえ、当時ニューヨーク交響楽団の指揮者ウォルター・ダムロッシュがガーシュウィンにピアノ協奏曲の創作を委嘱したのである。ピアノ協奏曲という伝統的形式を作曲する得がたい機会に恵まれたガーシュウィンは、今度は古典的様式や作曲技法を徹底的に研究、オーケストレーションについては自費で劇場を借り、演奏家を集めて試奏しては改訂するという地道な努力を貫いた。それが見事に実り、全曲は様式観に立脚しながらガーシュウィン特有のラプソディックで自由闊達な楽想が横溢している。
第1楽章 アレグロ ヘ長調 2/2拍子
第2楽章 アダージョ−アンダンテ・コン・モート 変ニ長調 4/4拍子
第3楽章 アレグロ・アジタート ヘ短調 2/4拍子■バーバー:弦楽のためのアダージョ
1931年に完成させた最初の管弦楽曲「演奏会用序曲《悪口学校》」などで作曲家として高い評価を得たサミュエル・バーバー(1910〜1981)は、1935年ピュリッツァー奨学金とアメリカ・ローマ大賞を獲得してイタリアに留学した。その際に作曲されたのが「交響曲第1番」と「弦楽四重奏曲」。そして後者の第2楽章を弦楽に編曲したものが「弦楽のためのアダージョ」である。
この作品が知られるようになったのは、1938年トスカニーニ指揮NBC交響楽団がニューヨークで初演したのがきっかけ。以来世界的に親しまれ、「プラトーン」や「エレファントマン」等多くの映画やテレビドラマなどに使用されている。
ほぼ同世代のカーターやコープランドなどが実験的試みやモダニズムに傾倒したのに対し、バーバーは和声法や作曲技法において、おおよそ伝統に根差した姿勢を貫いて新ロマン主義音楽を標榜した。とりわけ旋律線の美しさは出色で、「バーバーのアダージョ」と呼ばれるこの作品も、清冽な叙情と玲瓏な情熱が全篇に湛えられている。原曲である「弦楽四重奏曲」ともに、アルト歌手で叔母でもあるルイーズ・ホーマーと、作曲家であるその夫シドニーに捧げられた。
モルト・アダージョ、2/4拍子。■バーンスタイン:「ウェスト・サイド・ストーリー」より シンフォニック・ダンス
作曲家バーンスタインの作風は大きく2つに別れる。一方はミュージカルなどジャズやポップスを巧みに取り入れた分野であり、他方はユダヤ教に根差した難解で宗教的な作品である。けれども代表作をひとつと言えば、この「ウェスト・サイド・ストーリー」であることに異論はないだろう。
演出・振付のジェローム・ロビンズが原案を、アーサー・ロレンツが脚本を担った。歌詞はスティーヴン・ソンドハイムで、1957年ワシントンで初演。このミュージカルは、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」から着想された悲恋物語であり、当時のニューヨークに渦巻く人種差別などの社会問題を背景に、イタリア系白人の「ジェット団」とプエルトリコ移民の「シャーク団」という2つの非行グループの抗争に翻弄される若者たちの恋愛や心の葛藤を見事なまでに描いている。1961年には映画化され、アカデミー賞を作品賞、監督賞など10部門で受賞した。
それと前後してバーンスタインは、1960年ミュージカル中の主要な曲を抜き出して編曲、オーケストラのための演奏会用組曲「《ウェスト・サイド物語》よりシンフォニック・ダンス」にまとめた。全曲は切れ目なく演奏される。
1.プロローグ(アレグロ・モデラート) / 2.サムホエア(アダージョ) / 3.スケルツォ(ヴィヴァーチェ・レッジエーロ) / 4.マンボ(プレスト) / 5.チャ−チャ(アンダンティーノ・コン・グラッツィア) / 6.出会いの場面(メノ・モッソ) / 7.クール〜フーガ(アレグレット)8.ランブル(モルト・アレグロ) / 9.フィナーレ(アダージョ)
(C)真嶋 雄大 (音楽評論家)(無断転載を禁ずる)