2008年01月25日 第122回定期演奏会曲目解説
■コダーイ:ガランタ舞曲
曲名にあるガランタはウィーンとブダペストをつなぐ鉄道沿線の町。ゾルタン・コダーイ(1882-1967)は、鉄道駅長として父親が赴任したこの町で、3歳から10歳まで7年間過ごしました。ロマ(ジプシー)の居住区として知られた地域で、コダーイもロマ楽団の演奏を実際に聴いたそうです。コンサート・ピアニストの英才教育を受けたバルトークが成人してから民謡に目覚めたのに対して、コダーイは物心つく頃から民衆の音楽に囲まれて育ったようです。芸術家肌のバルトークにとって、民謡の精妙な音調は人知を越えた、いわば「自然の神秘」が詰まったミクロコスモス。一方、学校や社会人の音楽教育にも力を入れていたヒューマニストのコダーイは、民謡を今も民衆の中に生きる伝統、人々が声を合わせて歌い踊る「人間社会のリアルな在り方」ととらえていたように思われます。
ブダペスト・フィルハーモニー協会創立80周年を記念して1933年に作曲された「ガランタ舞曲」は、19世紀初頭に出版されたガランタ民謡集の旋律を用いて、ヴェルブンコシュと呼ばれる当時の習俗を描いています。ヴェルブンコシュは18世紀末から19世紀前半にハンガリー軍が新兵を「募集」(=ヴェルブンク)するために各地で開いた一種のキャンペーン。剣と拍車をつけた正装の兵士がロマ楽団の演奏で勇壮かつ楽しげに踊り、軍隊のイメージアップを図りました。19世紀に大流行したチャルダーシュ(酒場の曲芸的なロマの音楽)もここから派生したと考えられています。この作品は、リストのハンガリー狂詩曲やブラームスのハンガリー舞曲の源流となった踊りを想像的に再現しているわけです。
民族の記憶を呼び起こす叙事詩的な序奏に続いて、いかにもロマ風の短調の嘆きの歌と、何種類もの熱狂的な速い踊りが交互にあらわれ、後半は息もつかせぬ展開で踊り続けます。■リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調
かつてハイドンが仕えたことでも知られるハンガリーの大貴族エステルハーズィ家の領内に生まれて、パリでピアニストとして圧倒的な成功を収めたフランツ・リスト(1811-1886)はハンガリーの人々の誇りであり、帰国するたびに国賓待遇の歓待を受けていました。しかし、リストが音楽院の設立を通じて祖国の音楽活動に本格的に関与するのは、晩年1870年代以後のことです。ピアノ協奏曲第1番の最初の草稿は、リストのピアノのヴィルトゥオーソ時代、1835年に書かれました。その後何度か修正を繰り返しますが、完成したのは彼が演奏活動を一旦停止して、ゲーテゆかりのドイツ東部の町ワイマールで作曲と宮廷楽団の運営に力を入れていた1853年です。この協奏曲が同時期のロ短調のピアノソナタや一連の交響詩に比べて、はるかに明るく華やいだ気分に包まれているのは、もともとパリで着想されたからかもしれません。
英雄的な身振りで聴き手を圧倒する第1楽章(アレグロ・マエストーソ)、夢見がちな歌と深刻な嘆きが交錯する第2楽章の前半(クワジ・アダージォ)、トライアングルの合図で軽やかに飛翔する後半(アレグレット・ヴィヴァーチェ)の各主題が、第3楽章(アレグロ・マルチアーレ・アニマート)の行進曲で再登場して、3つの楽章がソナタ形式のように関連づけられています(第1楽章と第2楽章前半がそれぞれ主要主題と副次主題、間奏風のスケルツォを経て、第2楽章の後半が展開部、第3楽章が再現部)。
冒頭のテーマがいきなり半音階(ミb・レ・レb・ド・シ)あるいは全音音階(ミb・レb・シ)で調性の枠を踏み越え、その後も大胆な転調、楽器の鮮やかな対比など、斬新なアイデアが盛り込まれています。リストの進歩的な発想と行動力は、ロマン派とモダニズムというスタイルの違いを越えて、後世のハンガリーの音楽家たちに受け継がれたと見ることもできるでしょう。■バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ベラ・バルトーク(1881-1945)は、1840年、ナチス・ドイツに好意的だったハンガリーの政情を嫌いアメリカへ移住します。ニューヨークでは絶望的なほど偏屈に周囲から心を閉ざし、音楽活動もままならなかったようですが、1943年にボストン交響楽団の指揮者クーセヴィツキーから作曲の依頼があり、「管弦楽のための協奏曲」を同年8月から10月に書き上げました。バルトークの作品としては例外的にわかりやすく、作曲の手の内を明かすようなところがあり、アメリカの聴衆に向けた「作者自身によるバルトーク入門」とでも言うべき作品です。
第1楽章「序章」は、導入部をともなうソナタ形式。低弦の4度の堆積と、甲高い高音の東欧風旋律(導入部)、荒れ狂う半音階(第1主題)と、のどかな五音音階(第2主題)など、性格の異なる素材がむきだしの形で対比されます。金管のギラギラしたファンファーレが再現部の開始を告げるなど、全体の構成も教科書のお手本のように明快です。
第2楽章は素朴な舞曲による一種の数遊び。前半は「対の遊び」というタイトルどおり、管楽器の「二」重奏が続きます。ところが、金管コラールの美しい「三」和音が折り返し点となり、後半では、二重奏+対旋律(=三重奏)、二組の二重奏(=四重奏)、二組の二重奏+対旋律(=五重奏)と楽器の数が増殖します。
第3楽章「エレジー」は、戸外から鳥の鳴き声が聞こえる夜の音楽。第1楽章の序奏の旋律が戻ってくるのは、孤独な夜に死の恐怖が蘇るかのようです。
第4楽章の「中断された間奏曲」という題名は、ドビュッシーのピアノ曲「中断されたセレナード」を連想させます。オーボエとチェロのおだやかで民謡調のやりとりを邪魔する中間のけたたましい旋律は、ショスタコーヴィチの交響曲第7番(当時、対独プロパガンダのため連合国側で繰り返し演奏された)のナチスの行軍を表す主題のパロディだと言われています。本当だとしたら彼自身の境遇にも関わる重い話を明るく語ってみせる捨て身のユーモアと言えそうです。
第5楽章は吹っ切れたように猛スピードで駆け抜けます。都会の喧噪を思わせる弦楽器の無窮動を軸にした一種のソナタ風ロンド。導入のホルンのファンファーレがあとでフーガに再利用されたり、中間部分でトランペットの主題がグロテスクに変容するなど、展開は縦横無尽。最後はそのトランペット主題の力強い再現で幕を閉じます。
(C) 白石知雄(無断転載を禁ずる)