2008年04月11日第124回定期演奏会〜曲目解説

○リャードフ:魔法にかけられた湖 op.62

リャードフ(1855-1914)はリムスキー=コルサコフ門下のロシア国民楽派の作曲家です。ロシアの民謡を収集して、いわゆる5人組の周辺で活動しますが、父がマリンスキー劇場の指揮者という環境にありながら勤勉や忍耐にはほど遠く、ロシアの民族的な素材を歌曲や標題音楽にまとめることで充足していました。しかし音楽的な才能には恵まれて、ペテルブルク音楽院で作曲を教え、変奏技法やカノン手法などに独自の冴えを見せます。オーケストラ音楽の色彩感や幻想的な音景を描く分野では抜群でしたので、ロシア・バレエのインプレサリオ、ディアギレフは「火の鳥」の作曲を依頼しますが、構想力と勤勉さを欠いたリャードフには完成できず、ストラヴィンスキーが代行してバレエ音楽は新世紀を迎えます。リャードフはせっかくのチャンスを逃しました。

「魔法にかけられた湖」(1909)は「おとぎ話の絵」という副題が付いています。ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」にも通じる印象派の音感が魅力的で、弱音器を付けた弦のさざめきが12/8拍子のアンダンテで湖面の輝きを映す音景のなかで、ハープのアルペジォがきらめき、クラリネット、ファゴット、フルート、オーボエなど、木管がホルンの霧に包まれて魅惑的なフレーズを囁きます。ロシア民謡の妖婆に材を得た「ババ・ヤガ」(1904)やスラブ説話の邪神を描いた「キキモラ」(1912)と並んで、リャードフの宝玉の短編を代表する交響詩です。

○ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 op.77

 ショスタコーヴィチ(1906-75)はソヴィエト時代のロシア音楽を代表する作曲家です。当然のことながら、ロシアの政情を反映して、体制側からの批判に直面し、党の理念に同調することを求められながら、重層的で多義的な書法を編み出して、亡命することなく芸術家としての信条を貫きます。

このヴァイオリン協奏曲は1947年6月21日に着手され、スコアが完成したのは1948年3月24日でした。しかしオイストラフのソロ、ムラヴィンスキーのレニングラード・フィルによる初演は1955年10月29日で、大幅に遅れています。芸術活動に対する党の規制のためです。1948年の第1回ソヴィエト作曲家会議で北カフカスの内戦を描いたムラデリのオペラ「偉大な友情」が「形式主義的傾向」にあると批判され、ショスタコーヴィチの交響曲第8番、第9番も標的にされました。粛清です。スターリンの没後、ハチャトゥリアンの反論による雪解けまで、初演は自粛されました。曲は伝統的な急緩急の3楽章ではなく、交響曲と同じ4楽章で書かれています。しかも伝統的なソナタ形式ではなく、自由な組曲のような構成になっているところが特徴です。

第1楽章「夜想曲」(モデラート)は導入部のある3部形式です。ヴァイオリンのテーマは無限旋律のように延々と続きますが、その暗い曲想は「夜想曲」というよりは実質的に「エレジー」です。

第2楽章「スケルツォ」(アレグロ)は複合3部形式で、速いリズムと苦い節まわしで始まります。中間部のトリオは民族的な踊りです。曲の諧謔と風刺の作者のイニシァルがDSCH(レミ♭ドシ)と音名のアナグラムで記されています。

第3楽章「パッサカリア」(アンダンテ)は主題と8つの変奏からできています。主題は弦とティンパニーにホルンのファンファーレで始まり、ヴァイオリンのソロに引継がれます。最後の変奏はヴァイオリンの長大なカデンツァになって展開し、アタッカでフィナーレに続きます。

第4楽章「ブルレスク」(アレグロ・コン・ブリオ)はロンド形式で、木管群が主題を華やかに奏します。第1エピソードは弦楽の伴奏でソロ・ヴァイオリンが歌い、第2エピソードはホルンの通奏で木管が歌います。祝祭的な性格はパロディー感覚たっぷりです。

○ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47

 ショスタコーヴィチが体制の批判に晒されたのはかなり早い時期からでした。ペテルブルク生まれで、西欧の前衛音楽にも強い関心を持っていましたので、若い作曲家として20世紀前半の前衛的な芸術運動の一環に自らも加担していました。オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」(1934)はレスコフの小説が原作の不倫と殺人を扱った扇情的な内容ですが、1936年1月28日付けの党の機関紙「プラウダ」で「荒唐無稽」と批判されて、以後上演は不可能になります。ショスタコーヴィチは1936年の革命記念日のために書いた斬新な交響曲第4番の初演をゲネプロまですませながら急遽中止して、党の路線に沿った交響曲を新たに書くことにしました。こうして第5番は1937年4月18日着手、7月20日完成、初演は11月21日、10月革命20周年を記念して、ムラヴィンスキー指揮のレニングラード・フィルによって行われました。「革命」というエピセットが付く由縁です。

第1楽章(モデラート?アレグロ・ノン・トロッポ)はソナタ形式。3つの主題を持ち、対位法的に展開されてクライマックスに達し、対称的なアーチ形になって再現部から最初の主題に戻ります。

第2楽章(アレグレット)はスケルツォ、複合3部形式で、まず低弦が主題を奏します。トリオは対照的に軽快なレントラーふうのメロディーです。

第3楽章(ラルゴ)は弦楽合奏で始まる美しい叙情的なテクスチャーで、粛清で犠牲になった友人たちへの鎮魂曲です。3日で書き上げたということですが、作曲者の感情移入が感じられます。

第4楽章(アレグロ・ノン・トロッポ)はソナタ形式ですが、冒頭でトロンボーンが上行する4音の勇壮なモチーフADEFをマラカートで演奏します。この音形は再現部ではADEF♯に変形して現れますが、これはビゼーのオペラ「カルメン」のアリア「ハバネラ」からの引用で、その歌詞「信じるな」には作曲者のメッセージが隠されているという説(亀山郁夫「悲劇のロシア」)には説得力があります。

(C) (無断転載を禁ずる)音楽評論家 鴫原 眞一


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