2008年07月17日第127回定期演奏会〜曲目解説

■ヴォーン=ウィリアムズ:「グリーンスリーヴズ」による幻想曲
 没後50年を迎えたイギリスの作曲家レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ(1872−1958)は、若い頃、英国各地をまわって民謡の採集にとりくみ、古い時代の教会音楽の研究からも豊かな泉を見出したひと。英国の伝統文化を深呼吸したような(少々地味ながら独自の)魅力的な作風を確立した彼は、先鋭の嵐が吹き荒れた20世紀音楽にあっても、温かい人間味を忘れぬ音楽を書き続けた。その音楽は、没後半世紀を経た今こそますます求められているのかも知れない。
 彼の作でもとりわけ愛されるこの曲、冒頭から登場するメロディは古くシェイクスピアの活躍した16世紀エリザベス朝の時代からあったもので、タイトルは緑の袖(グリーンスリーヴズ)の着物をまとった恋多き女のバラードだったことに由来する。オペラ《恋するサー・ジョン》(1929年)でこの旋律が使われたのち、ラルフ・グリーヴズ(名前がややこしいが)による編曲(1934年)で現在のかたちとなり、大人気を博した。
 なお、弦楽器の和音が一瞬ふわっと沸き立ち静まったあとに登場する中間部の旋律は、ノーフォーク州の民謡《ラヴリー・ジョーン》。

■ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲 第1番 変ホ長調 作品107
 1920年代に天才作曲家として華々しくデビュー、数々の交響曲をはじめあらゆるジャンルに鋭い才気を発揮してソ連を代表する巨匠となったドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906−75)は、なぜかチェロ協奏曲は戦後に至るまで手がけなかった。ある時、名チェリストである若きロストロポーヴィチが演奏するプロコフィエフ《チェロとオーケストラのための協奏交響曲》を聴いてショスタコーヴィチは大興奮、この曲のレコードを擦り切れるほど聴いて遂に〈チェロ協奏曲第1番〉を作曲した(1959年)。
 彼のチェロ協奏曲を待ちに待っていたロストロポーヴィチは完成の報に驚喜して作曲者の家に飛んでいき、楽譜を受け取ると猛然と練習を始めた。凄まじい技巧と無尽蔵のパワーを要求する難曲にも関わらず、なんと4日後には暗譜で弾いて作曲者を仰天させたというが、もちろん初演は大成功。彼は世界中で演奏し、20世紀最高のチェロ協奏曲たる評価を確立させた(なお、演奏至難なホルン独奏も重要な役割を果たすあたりもお楽しみいただきたい)。
 行進曲のようなリズムが印象的な第1楽章、その冒頭に登場する4音のテーマは全曲を統一する役割を果たしている。映画音楽《若き親衛隊》(1948年)にも死の音楽として登場、のちに深刻な精神的危機を反映した弦楽四重奏曲第8番(1960年)にも登場するテーマであり、考え出すと意味は深い。
 息ながく凛と響く歌が美しい第2楽章は、抒情的な響きにもドラマティックな起伏をこめた音楽。やがて静まってゆくと、切れ目なく第3楽章へ。オーケストラは沈黙し、チェロが長大なカデンツァを奏する。第2楽章のテーマも重ねて2声をひとりで弾く超絶技巧から、凄まじい昂揚と突進へ。そしてまた切れ目なく第4楽章に続く。再び行進曲調となる重い諧謔のような音楽、実はグルジア民謡《スリコ》(独裁者スターリンの愛した曲)の引用が隠されているあたりも意味深。途中から3拍子に変わり、変拍子の緊張感もまじえながら音楽はいよいよ渦巻き‥‥と、そこで音楽は突然第1楽章冒頭に回帰。終結部は執拗に叫ばれる第1楽章のテーマがティンパニの連打と共に叩き切られてピリオド。

■ヴォーン=ウィリアムズ:交響曲 第2番「ロンドン交響曲」
 さて、後半はヴォーン=ウィリアムズの豊かな才気をたっぷりお楽しみいただこう。彼は民謡調の美しい曲を書いたばかりでなく、オペラから合唱曲に至るまであらゆるジャンルに名作を残した。ホイットマンの詩による声楽つき大作《海の交響曲》にはじまり生涯に9つ残した交響曲もヴァラエティに富んだ傑作揃い。本日お聴きいただく《ロンドン交響曲》(1913年初稿完成)もユニークな作品だ。
 タイトル通り、重厚壮麗な響きにまじってロンドンの風物を彷彿させるメロディも聞こえてくる。ウェストミンスターの鐘(ロンドンの国会議事堂にそびえる大きな時計塔で鳴る通称ビック・ベン。日本各地のチャイムにも転用されておなじみ)やラヴェンダーの売り子の声など。しかし作曲者自身は、この曲をロンドンの様子を描写した音楽とは受けとめてほしくない、と考えていた。いわく、これは標題のない絶対音楽であり、いわば〈ロンドンっ子による交響曲〉なのだ、と(彼自身も青年期からずっとロンドンに居を構えていた)。
 ‥‥そんなわけで、本日もぜひ想像をご自由にふくらませて聴いていただきたいが、どうしてもロンドンの光景を当てはめて聴いてみたい!というかたは、英国の指揮者アルバート・コーツが(作曲者の意図に関わらず)この曲を描写音楽として解釈した見事な解説を残しており、最近ではプレヴィン指揮の日本盤CD[BMG/BVCC38479]に全訳が掲載されているのでご参照を。
 全曲は伝統的な4楽章交響曲のかたちで書かれているが、第1楽章には静かな(コーツに言わせれば、テムズ河畔の暁に眠るロンドンの静寂のような)プロローグがついている。流れゆく穏やかな時間にハープが《ウェストミンスターの鐘》のメロディを遠く響かせ、木管群が湧きたつとアレグロ・リソルート(速く決然と)の主部へ。なるほど大都会の雑踏をゆきかう売り子の叫び声や裏町の寂れた空気まで聞こえてくる
ようでもあり、あくまで想像はご自由に。
 第2楽章は穏やかな緩徐楽章。コールアングレの神秘的なメロディは、コーツいわく霧ふかい秋の黄昏だと言うのだが‥‥。味わい深いヴィオラの独奏に導かれて、遠くからラヴェンダー売りの声。音楽の美しい遠近感を味わい尽くしたい。
 《スケルツォ(夜想曲)》と記された第3楽章でも、騒然と盛り上がる雰囲気と静寂との入れ替わりに注目を。「下町の雑踏」と「灰色の霧」のようにお聴きいただくこともできようか。
 第4楽章の冒頭、湧き上がる響きの厳しさから何を想像されるだろうか。やがてゆるやかに始まる行進曲調の音楽をコーツは「失業者の行進」と述べたのだったが、霧の大都会ロンドンに生きるロンドンっ子の生きざまから時代の空気まで、まるごと封じこめたような音楽は、いまこの大阪でどんな印象を響かせるだろうか。−−繰り返しになるけれど、この曲は描写音楽ではない。だからこそ、私たちの音楽でもありうるのだ。最後には《エピローグ》として第1楽章のプロローグが回帰、全曲は静かな余韻の彼方へ消えてゆく。
(C) 山野雄大 (音楽ライター)(無断転載を禁ずる)


HOME |プログラム公演批評