2008年11月07日第129回定期演奏会〜曲目解説作曲家には、貧困な生活あるいは逆境にもめげず、その苦しみを超越したような美しい音楽を書いたという美談に彩られていることが多いが、その点に関してメンデルスゾーン(1809〜1847)は、ほとんど例外的にと言えるほど恵まれた幸せな生涯を送った作曲家の一人である。富裕な銀行家を父とする彼は、何不自由ない環境で育つなど経済的に苦労することもなかったし、伸び伸びと創作に打ち込めるなど、音楽家としての経歴もきわめて順調なものだった。そうした恵まれた生活環境の中で、メンデルスゾーンは優れた教師たちを得て、10代の初めから作曲を始め、多くの作品を書いた。そしてそのような環境は彼の音楽にも反映して、その作品には苦悩や深刻さといった暗い翳りや激情の爆発といったものはほとんどみられない。その代わりに備わった洗練味と上品さが特徴で、幸福感に溢れた伸びやかな旋律と豊かな和声から生まれた軽やかさや淡い感傷性こそメンデルスゾーンの魅力といえるだろう。ただ彼は健康には恵まれなかったようで、その生涯は38年という短いものだった。今回はそのメンデルスゾーンが10代で書いた作品3曲でまとめられているが、モーツァルトやシューベルトなどにも比べられる早熟の天才ぶりを感じることができるだろう。
◆序曲「静かな海と楽しい航海」 作品27
メンデルスゾーンは恵まれた生活環境の中、音楽はもちろんだが文学などの一般教育に関しても英才教育を受けていたので、10代の初めにはすでにゲーテの「若きウェルテルの悩み」や「ファウスト」の第1部まで読んでいたという。そして19歳の1828年、彼はゲーテの「静かな海」と「楽しい航海」という短い詩2編を選んで、その詩の情景を描写した演奏会用序曲を作曲した。ちなみにベートーヴェンも同じ詩をテキストとして1815年にカンタータを書いている。メンデルスゾーンのこの曲の構成は、風の凪いだ静かな海の情景が4/4拍子でアダージョの序奏として描かれ、やがてモルト・アレグロ・エ・ヴィヴァーチェで2/2拍子の主部に入り、天候に恵まれた快適な船旅が序奏部の再現も交えながら描かれて高潮したのち、ティンパニの連打で4/4拍子でアレグロ・マエストーソのコーダとなり、3本のトランペットがファンファーレを奏して無事に船が港に着いたことを告げる、というもの。
◆ヴァイオリン、ピアノと弦楽のための協奏曲 ニ短調
メンデルスゾーンの協奏曲と言えば、ホ短調のヴァイオリン協奏曲が飛び抜けて有名だが、それ以前にもピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲、2台のピアノ用の協奏曲など7曲も作曲している。ニ短調のヴァイオリン協奏曲などは13歳の1822年の作で、まさに早熟の天才ぶりを発揮しているが、「ヴァイオリン、ピアノと弦楽のための協奏曲」もその翌年、1823年5月6日に完成されている。当時のメンデルスゾーン家には様々な音楽家が出入りしており、頻繁にサロン・コンサートが開かれていたそうで、この曲もそこで演奏するために作られたようである。後述するように、これより少し前からメンデルスゾーンは弦楽のための交響曲を書き始めており、ここでの弦楽パートの書法はそれらと良く似ている。2つの独奏楽器の扱いもなかなかに華麗かつ効果的で、魅力的な旋律と親密な協調が印象的である。
第1楽章 アレグロ、4/4拍子、ニ短調、協奏風ソナタ形式。
第2楽章 アダージョ、3/4拍子、イ長調、3部形式。
第3楽章 アレグロ・モルト、4/4拍子、ニ短調、ロンド形式あるいはロンド・ソナタ形式とも考えられるもの。
◆メンデルスゾーン:交響曲 第1番 ハ短調 作品11
メンデルスゾーンは13歳から14歳にかけてという若い時期に、弦楽オーケストラ用の交響曲を全部で12曲作曲している。1821年に6曲、1822年に2曲、1823年に4曲で、さらに未完の曲も1曲ある。これらはモーツァルトの様式を下敷きにしながら、溢れ出る楽想を盛り込んだ作品で、すでにこの作曲家ならではの均整のとれた形式美と躍動感と生命感を伴ったリズムの軽快さが認められる。これらの経験をもとに、引き続いて本格的な2管編成のオーケストラのための交響曲に着手し、1824年にこのハ短調交響曲を書き上げた。当然ながらこの曲は、メンデルスゾーンの交響曲第13番となるべきものなのだが、これ以前の12曲がその編成からも分かるように家庭音楽的な性格を持っていることから、通常の演奏会用としては初めての交響曲となったこの作品11を第1番とするようになった。
メンデルスゾーンがまだ15歳になったばかりという時期の作品だけに、ベートーヴェンやウェーバーなどの影響も見て取れるが、この早熟の天才は先に述べた弦楽オーケストラ用の交響曲を含めて、すでに数多くの作品を書いて経験を積んでおり、オーケストラの技法にも習熟していたこともあって、これが15歳の少年の手になるとは思えないほどの成熟度を示している。曲は1827年2月1日にライプツィヒでシュルツ指揮ゲヴァントハウス管弦楽団によって初演され、その後メンデルスゾーンが初めてイギリスを訪れた1829年の5月25日に、ロンドンのフィルハーモニー協会で作曲者自身の指揮で演奏した時に大成功を収めた。
第1楽章 アレグロ・ディ・モルト、ハ短調、4/4拍子、ソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ、変ホ長調、3/4拍子、ソナタ形式的な転調を用いた聴きごたえのある緩徐楽章。
第3楽章〈メヌエット〉 アレグロ・モルト、ハ短調、6/4拍子、3部形式。
第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ、ハ短調、4/4拍子、ソナタ形式。(C) (無断転載を禁ずる)福本 健