2009年03月18日第133回定期演奏会〜曲目解説エルガー:セレナード ホ短調
音楽という芸術の内容や形式に革命を起こしたり、後世の規範となるスタンダードを打ち立てる創作は、英国文化の得意とするところではない。だが、18世紀早々に中産階級や都市住民が誕生していたこの島国は、音楽の受容と消費に限れば、常に最先端文化国家だった。国内は平和を謳歌し、アマチュア合唱や学校や地域のオーケストラも盛んだった大英帝国絶頂期に生まれたエルガー(1857-1934)の音楽の背景は、どこか20世紀末から現在の日本に似ていると思えなくもない。
イングランドのウスターで生まれ、独学で始めた作曲での成功もままならなかったエルガーだが、32歳で妻アリスを娶ったことで機運が変わったか、やっと成功への道を歩み始めた。夫人への結婚3年目のプレゼントとして書かれたこの小さな弦楽セレナードは、最初の成功作のひとつ。オリジナルは結婚前に地元アマチュア合奏団のために書いた小品集とされる。蛇足ながら、エルガーの最も有名な初期小品《愛の挨拶》もアリスに書いたことを考えると、音楽史上に名高い姉さん女房の存在の大きさにあらためて驚かされる。
※
イギリス娯楽サロン音楽特有の親しみやすさの裏に顔を見せる、深い陰影が魅力だ。第1楽章、アレグロ・ピアチェヴォーレ。ヴィオラの特徴的なリズムがもの悲しい旋律を導く。第2楽章、息の長いハ長調のラルゲットは、《エニグマ変奏曲》の「ニムロッド」で極まる叙情性の先駆けとされることも。第3楽章、ゆったりした田園舞踏風のト長調アレグレット。最後に冒頭がホ長調で回帰し、曲は閉じられる。R.シュトラウス:4つの最後の歌
晩熟のエルガーが英国の田園地方でローカル音楽家として日々を送っていた頃、音楽先進地ミュンヘンで早熟の天才の名を欲しいままにしていたのがリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)である。ベートーヴェン後期に始まる音楽のロマン主義の空気を吸って育ち、巨大管弦楽を駆使する交響詩や、ヴァーグナーの道を先に進めるオペラを次々に発表。指揮者としても、ヴィーン帝立歌劇場を筆頭に、ドイツ語圏最高の音楽家を自由に操るポジションを歴任する。同じロマン主義者としてのエルガーの才を見抜き、大陸に紹介したのもこの指揮者だった。19世紀ロマン派の音楽を突き詰めれば所謂現代音楽に向かうが、その一歩手前で踏みとどまり、20世紀前半ドイツ語圏の普通の音楽愛好家の趣味を代弁した最高級の音楽技術者が、シュトラウスだった。
第2次大戦の敗北に自己陶酔的な政治的ロマン主義の夢想は醒め、ドイツ語圏は世界帝国中心の地位を失った。ロマン派が何よりも大切にした人間の個性や感性に、人々は懐疑の眼差しを投げるようになる。芸術音楽は、危険で半端な人間の内面や情緒を忌避し、徹底した理論性を目指す。《4つの最後の歌》は、そんな時代の流れに抗い、世紀末ロマン派耽美趣味が崇高な精神美に到り得ると証明した傑作。「私はもう同時代の作曲家ではありません。私が85歳でなお生きているのは偶然に過ぎないのです。(シュトラウス)」
※
没する前年の初夏から秋に完成され、最期の大作となったこのソプラノと管弦楽のための歌曲集を、作曲者は意図的に遺作とした。現在の曲順は作曲順とは異なり、いかにも遺作風な第4曲が最初に書かれている。この作曲家、最後まで聴衆の心を操る天才だった。
第1曲「春」、ヘッセの詩は再び巡り逢えた春の喜びを官能的に綴る。他は全てアンダンテの全曲中、唯一アレグレットで激しさも垣間見せる音楽。弦は2部に分割され、複雑繊細な響きに心の揺れが描かれる。絶え間なく転調を続ける大きな管弦楽のうねりに、「鳥の歌」でフルートが鳴く小技も見せ、往年のオペラや交響詩作家の面目躍如。
第2曲、夏の終わりを詠うヘッセの「9月」。第1曲では分割されなかった第1ヴァイオリンも3分割され、弦の響きの繊細さは極限に至る。シュトラウスが完成した最期の管弦楽曲のコーダが、父の楽器ホルンの懐かしい響きで終わるのは象徴的だ。
第3曲「眠りにつくとき」、ヘッセ。ヴァイオリン独奏に導かれ、ソプラノのメリスマ歌唱が魂を甘美に天へと導き、最後の眠りの魔法宮ではチェレスタも響く。
第4曲「夕映えに」。アイヒェンドルフ。ロマン派の黄昏を慈しみ、日暮れを天高くから見送るような壮大な導入から、2羽の鳥が天に昇るフルートのデュオ、独奏ヴァイオリンを経て、ソプラノが「これが死?」と終えると、ホルンが若き日の交響詩《死と変容》の変容のモチーフで応える。アッテルベリ:交響曲第6番 ハ長調
北海に面したスウェーデン第2の港町エーテボリに生まれたクルト・マグヌス・アッテルベリ (1887-1974)は、王立工科大学で電気工学を学ぶ傍ら、10歳にチェロに出会って始めた音楽をほぼ独学で身に付けた。大戦間時代は王立特許局で官吏として安定した職を得、局長まで上り詰める。スウェーデン作曲家協会を設立、同国の著作権保護協会会長も務めた。ストックホルムの有力紙で音楽評を担当する評論家でもあった。要するに、ロマン派的な生活を送る無頼漢の芸術家ではなく、きちんとした市民生活を送る知的社会人である。
生活や金のために作曲する必要がなく、長く実りの多い生涯にオペラやバレエ、9曲の交響曲など大作ばかりを60曲近く遺したアッテルベリだが、少なくとも20世紀前半に最も有名だった作品が「ドル交響曲」という些か迷惑な通称もあった1928年のハ長調交響曲というのは、なんとも皮肉だ。
些か長すぎる余談めくが、否定的言説ばかりが今に伝わるこのコンクールについて記しておこう。1927年6月、ヴィーン音楽愛好家協会(ヴィーン楽友協会ホールを造った伝統ある団体で、ブラームスやフルトヴェングラー、カラヤンが会長を務める)と英米コロンビア蓄音機は、シューベルト没後100年を記念し《未完成》交響曲を完成させる趣旨の国際作曲コンクールの開催を告知した。参加者にシューベルトの未完成第3楽章スケッチも提供する本気の企てだったが、各方面からの意見で応募要項は二転三転。翌年には完全新作によるコンクールとなっていた。最終的な要項には「完璧な古典的様式を不可欠としないものの、作品は力強い旋律が支配的で、シューベルト時代の古典的管弦楽を遙かに凌駕する規模の楽器編成であってはならない」とあるが、特にシューベルトを意識する必要は求められていない。
コンクールは、一等賞金750ドルを目指し、世界10地区での予選に始まった。地区予選の審査員には、ラヴェルやレスピーギ、シマノフスキも含まれていた。応募総数は513曲に及び、そのうちの100曲ほどが《未完成》の完成版だったという。現在に知られる作品としては、オーストリア大会優勝のフランツ・シュミットの第3交響曲(同地区第2位はブラームス作品の校訂で知られるハンス・ガルの第1交響曲)、ブライアンもギネスブックが世界最大の交響曲と認定する《ゴシック交響曲》の管弦楽のみに拠る第1部で応募し、イギリス国内予選の第2位となっている。ニールセンも審査員だったスカンジナビア大会で優勝を飾ったのがアッテルベリ作品だった。匿名で応募していたアッテルベリは、著作権協会会長として招かれていた結果発表会に出席せず、自宅にいたという。
各地区大会の上位3作品総計30曲が1928年6月にヴィーンに集められ、最終審査にかけられる。当時非公開だった審査員は、委員長グラズノフ以下、指揮者のシャルク、アルファーノ(《トゥーランドット》補筆完成で知られる)、NYフィルの指揮者ダムロッシュ、ドイツの作曲家兼指揮者シリンクス、ニールセン、イギリスの誇る世界的批評家トーヴィー、音楽学者グィド・アドラーなど。審査ではシュミットやブライアンの作品を推す声もあったが、最後はグラズノフの判断でアッテルベリの優勝が決まった。本選優勝賞金が1万ドルとか、作曲家はそのドル札で車を購入したとかのゴシップ話も、皮肉な批評家らの悪口雑言も、ここに記す必要はあるまい。
重要なのは、このコンクールの審査員らが本気で「シューベルトの天才的叙情性の再臨」を求めた史実である。今シーズンから来シーズンにかけて大阪シンフォニカーが集中的に演奏している、ロット、ロベルト・フックス、ジークフリート・ヴァーグナー、ブルッフ、ツェムリンスキー、フランツ・シュミットら「遅すぎたロマン主義者たち」の音楽観が、シェーンベルクやバルトークが最も充実した音楽活動をしていた大戦間時代にあって、未だ有効であることを示すのが目的だったのだ。シュトラウスが最期の創作でなし得たそんな奇蹟は、残念ながらこのコンクールでは起こらなかったようだ。
※
アッテルベリが6番目の交響曲に着手したのは、コンクール要項が発表される前の1927年初頭だった。勇壮に鳴り響くホルンで始まるソナタ形式モデラートの第1楽章は、シューベルトの大ハ長調がモデルな訳ではない。3主題が的確に展開し、ハ長調とは思えぬ暗さと陰影は、紛れもなく作者の個性である。コーダはコンクール参加を決めてからの作曲というが、性格的破綻はない。
弱音器付きの弦の上で歌うクラリネット独奏に始まる第2楽章アダージョは、全曲の白眉。この作品に皮肉な視線を投げた評論家らも、北欧民俗音楽に霊感を得た真摯な叙情性を称賛している。
ヴィヴァーチェの第3楽章が、些か外面的な効果に埋もれそうなことは否めない。作曲家自身、「アメリカ商業主義のコマーシャルの繰り返しへの皮肉を込めたロンドの大騒ぎ」とニールセンへの手紙で述べている。副主題にはシューベルトのハ長調弦楽五重奏曲終楽章からの引用を用いた。「今風な多調的方法で私がこの主題を飾りたてたことで、私が何を思っていたかがお判りになることでしょう。(アッテルベリ)」(C)渡辺 和(わたなべやわら/音楽ジャーナリスト (無断転載を禁ずる)