2010年01月15日第141回定期演奏会〜曲目解説今年、生誕170年のメモリアル・イヤーを迎えたピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840〜93)は、いまさら繰り返すまでもなく、ロシアを代表する作曲家である。
ウラル地方の鉱山技師の家に生まれたチャイコフスキーは、幼いころから母親にピアノを学んだ。その母親を14歳の時にコレラで亡くすが、この体験が生涯にわたって彼の心に影を落とすとともに、弱者や同性愛者に対する優しい眼差しへとつながったようだ。いったんは役人となるが、やがて失望し、サンクトペテルブルク音楽院に入学。作曲を始め、26歳で最初の交響曲を完成し、その3年後には名曲として後世に残る「幻想序曲《ロメオとジュリエット》」を発表。さまざまな人生の波に翻弄されながら、30年以上にわたり作曲を続けたが、交響曲第6番《悲愴》の初演の直後、ペテルブルクでコレラにより死去した。音楽史上で彼の名を不動のものとした《白鳥の湖》《眠りの森の美女》《くるみ割り人形》という三大バレエ曲をはじめ、8つの交響曲(うち1曲は未完)や管弦楽曲、オペラ、室内楽まで、作品番号がついたものだけでも80曲近くの作品を遺した。
チャイコフスキーという作曲家は、その親しみやすさから、これまで正当な芸術的評価を受けなかった側面がある。しかし、メロディー・メーカーとしての高い能力に加えて、圧倒的に自在かつ独創的なオーケストレーションの巧みさ、そして何よりも聴き手の心を揺さぶる精神性は、人類の歴史の上でも最も価値ある芸術のひとつと言えよう。そして、その再評価のきっかけとして期待されるのが、メモリアル・イヤーの今年である。チャイコフスキーという作曲家に様々な側面から光が当てられるはずだ。それは、よく知られた作品だけでなく、隠れた名曲に出会うチャンスでもある。「炎のコバケン」こと小林研一郎と、我が国でいま最も瑞々しいサウンドを作るオーケストラの大阪シンフォニカー交響楽団という“熱いコンビ”によるステージは、そんな新たな音の旅の幕開けを告げるのに、何よりもふさわしい。
■チャイコフスキー:弦楽のためのセレナード ハ長調 作品48
1880年9月から翌月にかけて、妹が嫁いでいたダヴィドフ家の領地であったウクライナのカメンカで作曲された。40歳を迎えたチャイコフスキーはこの頃、特にモーツァルトをはじめとする古典派の音楽に傾倒。「内面からの衝動により作曲した…真の芸術的な価値を持つ」(同年10月10日付けの後援者フォン・メック夫人宛ての書簡)とする「セレナード」と題した作品を書いたのも、一連のモーツァルトの楽曲にインスパイアされてのことだった。彼は、この7年後にも《アヴェ・ヴェルム・コルプス》などモーツァルトの楽曲を管弦楽編曲して構成した「組曲第4番《モーツァルティアーナ》」(作品61)を発表していることからも、その熱中ぶりが伺える。
弦5部で演奏される楽曲は全4楽章からなり、スコアに記された本人の言葉によれば「弦楽器奏者は、多ければ多いほど、作曲家の意図に合う」。全体としては、ハ長調の第1楽章に始まり、ト長調の第2楽章、ニ長調の第3楽章、終楽章は序奏部のト長調を経て、主部でハ長調へと戻るという、5度の階段を上がって降りる均整のとれた構造。初演は作曲された年の11月21日、モスクワ音楽院長のニコライ・グレゴーリェヴィチ・ルビンシテイン(1835〜81)指揮による、音楽院の教員と学生によるアンサンブルにより、本人にはサプライズの形で行われ、音楽院監事だったコンスタンティン・アルブレヒト(1836〜93)に捧げられた。
第1楽章 「ソナチネ形式による小品」との副題が付いていて、展開部を持たないソナタ形式をとる。前述のメック夫人宛ての書簡によれば、この曲は「モーツァルトへの貢ぎ物」であり、「彼の様式を模倣しようと意図したが、少しでも彼の様式に近づいていたなら、とてもうれしい」と記している。明るい中にも、そこはかとない憂いを帯びたハ長調という調性の奥深さが味わえる佳品。トゥッティによる重厚な序奏部に始まる。この部分は一時期、某人材派遣会社のCMでよく流れていたのを覚えている向きも多いだろう。それよりも、テレビ史に残る名作と言われるドラマ『春・音の光』(NHK・チェコスロバキア国営テレビ合作、1984年)で実に印象的に使われていたのを思い出す方も多いかもしれない。序奏に続いて、歌心のある第1主題と、低弦のピツィカートに乗った快活な第2主題が交互に登場し、最後はほぼそのまま序奏部を再現して曲を閉じる。
第2楽章 チャイコフスキーがバレエ音楽で多用し、交響曲第5番ではメヌエットに代えて採り入れた「ワルツ」。ヨハン・シュトラウスに範をとり、同時にフランス風のエスプリも併せ持ちながら、独自の手法でまとめ上げる技量はさすが。この、春の訪れを告げるような優雅なワルツも、彼の作品中で最も知られ、単独でもよく取り上げられる。「美しく、優美に」と指示された第1ヴァイオリンの旋律は、リテヌートを伴うフェルマータで時折り動きを止めることにより、ぐいと聴衆の心を引きつける。旋律は何度も繰り返されるが、自在なオブリガートで彩られ、まったく飽きることはない。最後は、2つのピツィカートでチャーミングに終わる。
第3楽章 この「エレジー」は主部よりも中間部にウェイトが置かれている。その中間部ではピツィカートの波の中を、ヴァイオリンによるモルト・カンタービレの旋律がたゆたう。そして、低弦に旋律を委ねてから、ヴァイオリンの縫い取りによって高まってゆく感情は、哀しくも甘く、この上なく美しい。ふたつの旋律が二度ずつ繰り返された後、コーダに入って、静寂の中に消えてゆく。
第4楽章 「ロシアの主題によるフィナーレ」。序奏部の主題は民謡「牧場で」から採られた。前の楽章の余韻を引き継いで静かに始まるが、主部の興奮を予感させながら次第に力を帯び、やがて民謡「青き林檎の木の下で」から採られた第2主題へと主役を譲る。民俗音楽的な熱狂を経て、最後には第1楽章の序奏に回帰し、再び興奮の中で全曲を終える。
■チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲 作品33
このチェロ独奏と管弦楽のための単一楽章の楽曲は、1876年末から翌年1月にかけて、モスクワ音楽院の同僚だったドイツ人チェリスト、ウィルヘルム・フィッツェンハーゲン(1848〜90)のために書かれた。「ロココ風の主題」に目が向いたのは、やはり古典派以前の音楽への興味からだったに違いない。初演は、そのフィッツェンハーゲンの独奏により、1877年11月に行われたが、彼は勝手に第8変奏を削除し、他の変奏も順番を入れ替えて演奏した。作曲者は内心不満だったらしいが、出版もフィッツェンハーゲン版で行われたため、今もこちらで上演されることが圧倒的に多い。一方で1956年にチャイコフスキーのオリジナル復元版が出版され、演奏機会も徐々にだが増えている。本日のステージでは、聴衆になじみ深いフィッツェンハーゲン版で演奏される。
曲は、弦楽器と木管による晴れやかな序奏に続き、チャーミングなロココ風の主題が呈示される。そして、ある時は快活に、ある時はしっとりと、多彩な表情を持つ7つの変奏が続く。ヨーロッパの空気をいっぱいに吸い込んで日本に戻ってきた、遠藤のしなやかな音色は、この曲が持つ優雅な雰囲気にふさわしい。
■チャイコフスキー:交響曲 第3番 ニ長調 作品29 《ポーランド》
1875年6月から翌月にかけて作曲され、友人のウラディーミル・ステファノビッチ・シロフスキー(1852〜93)に献呈された。チャイコフスキーの交響曲としては唯一、長調の調性で全5楽章の構成をとり、「マンフレッド交響曲」(作品58)と並んで長い作品であることなど、異色の存在だ。楽章間に有機的なつながりが薄いため、「交響曲と言うよりも、むしろ組曲のような性格が強い」とも評される。初演直後は「技法の上でも一歩、前進した。特に第1楽章と、2つのスケルツォは気に入っている」(1875年11月12日付けのR=コルサコフへの書簡)と満足の様子だった作曲者だが、再演の評判が思わしくなく、ついには「私の交響曲に対して、とても冷たい扱いをしている」と落胆していた。このように、作曲当時から評判がさえず、マンフレッドを含めた7曲の交響曲の中でも、この作品の演奏機会が最も少ないという事実は、残念ながら認めざるを得ない。
しかし、先の2曲の交響曲の国民主義的な傾向から脱し、絶対音楽を追求し始めたチャイコフスキーにとって、この作品が特別の思いを込めた野心的な存在だったことも、また事実だ。そんな思いを知った上で作品に対峙すれば、時にドイツ・ロマン派のように響くオーケストレーションや壮大なフーガなど、他のチャイコフスキーの作品には見られない、この曲だけの持つ魅力に気付くことができるはず。これまでも多くの作品に熱情を注入してきた小林と、知られざる作品に好演によって新たに光を当ててきた大阪シンフォニカー交響楽団のコンビだからこそ、きっとこの曲に秘められた力を現出させてくれるに違いない。その意味では、今日のステージを聴ける皆さんほど、幸運な聴衆はいないかもしれない。なお、《ポーランド》という副題は、最終楽章の「ポロネーズ」から来ているが、出版時のロンドンで付けられたに過ぎないらしく、作曲者は関与していないばかりか、本国ロシアではまったく知られていない。
第1楽章 序奏は葬送行進曲。太鼓を思わせる低弦のピツィカートに合わせて葬列がゆき、木管が経典を唱える。主部アレグロは長調に転じて、晴れやかな第1主題は祭りを思わせる。オーボエによる第2主題は、いかにもチャイコフスキーらしいメランコリックさを伴い、ロシア民謡風でもある。ふたつの主題は絡み合いながら展開し、後期交響曲のフィナーレを先取りする盛り上がりを形作る。
第2楽章 「ドイツ風」と銘打たれていて、オーストリアやバイエルンの民俗舞踊であるレントラー様式を真似ているが、東洋趣味的な響きも感じさせる。続いて現れるヴァイオリンによる優雅な旋律は、舞台音楽《ハムレット》(作品67a)にも転用された。管楽器が気ぜわしいトリオを挟んで、再び主部へと帰る。
第3楽章 管楽器を中心とした安らぎのある第1主題と、弦楽器による甘い第2主題からなり、ほとんど展開らしい展開もなく、あっさりとした再現部で締め括る。
第4楽章 「交響曲第1番《冬の日の幻想》」(作品13)の第3楽章にも共通する、不思議な浮遊感を伴う楽章。トリオの行進曲は1872年に委嘱されて書いた《産業博覧会開幕(ピョートル大帝生誕500年記念)カンタータ》(作品番号なし)から転用された。森のざわめきのような弦楽器のアルペジオの新鮮な響きは、聴き手を驚かせる。
第5楽章 堂々たるロンド主題が、ポロネーズのリズムでダイナミックに奏される。3連符を伴うふたつ目のエピソードと交互に3度登場し、長く規模の大きなフーガを挟み、再び高らかにロンド主題を告げた後、コーダでどんどんアッチェレランドしてフィナーレへと駆け抜けてゆく。(C) 寺西 肇(音楽ジャーナリスト)(無断転載を禁ずる)