第74回定期演奏会用楽曲解説

芸術は時代を映す鏡である。音楽も例外ではない。古い制度でがんじがらめになった貴族社会が音をたてて崩れ、近代的な市民社会が成立したところに、ロマン派が生まれた。そこでは堅苦しい形式は過去のものとなり、豊かな個人の感情が尊ばれた。
 時代の大きなうねりのなかで、ローベルト・シューマン(1810−1856)は先駆的な役割を担った。もともと文学好きで早くからロマン主義の洗礼を受け、抒情性豊かなピアノ曲や歌曲を発表して注目を集めた。シューベルトやウェーバーなど初期ロマン派の作曲家たちが築いた土台は、メンデルスゾーンやシューマンの出現によって、さらに強固なものになったといえる。
文筆の才に恵まれたシューマンは、評論でも腕を振るった。人材を見る眼は確かで、彼によって見出された若い音楽家の一人にヨハネス・ブラームス(1833−1897)がいる。友人と一緒に発行していた「音楽時報」に「新しい道」と題する論文を寄せ、わずか20歳になったばかりのブラームスを絶賛した。シューマンはまたショパンをいち早くドイツに紹介したことでも知られる。
 師と仰いだシューマンが不幸な死をとげた後、ブラームスは名ピアニストのクララ夫人を助け、新しい世界を切り開いていった。ブラームスが作品を書いていた頃は、まさにロマン派の全盛期である。時代の空気に染まりかけていたブラームスも、やがてこの流れに背を向けて、次第に古典派の傾向を示すようになった。そのために一部の音楽家からは「時代遅れ」とみられることもあった。ブラームス派とワーグナー派の対立はそのことを物語っている。彼をロマン派の作曲家とみなすことは誤りで、むしろ古典派の最後を飾る巨匠というにふさわしい。ロマン派のとうとうたる潮流が渦巻くなかで、一人毅然と古典派の孤塁を守ったといえよう。
 ロマン派は個人の感情を重んじる余り、音楽も華やかになり、ヴィルトオーソ性がもてはやされるようになった。ブラームスはこのような外面的なことを好まずに、古典派の世界に目を向けたと思われる。彼の音楽は詩情豊かで、そこはかとなき哀歓が漂っている。それは彼が生まれ育ったドイツ北方の都市ハンブルクの風土と無縁ではない。

■ブラームス:大学祝典序曲 作品80
「ドイツ・レクイエム」「ハンガリー舞曲」「交響曲第1番」などの名作を発表して、声価の高まったブラームスのもとに、おめでたい知らせが届いた。ドイツのブレスラウ大学が名誉博士号を贈りたいというのである。彼はありがたく頂戴することにして、そのお礼にこの序曲を1880年につくった。陽気な4つの学生歌を交えながら、ソナタ形式風の構成をとり、打楽器の奮闘が心地よい。同じ年につくられた「悲劇的序曲」と表裏一体をなす名曲である。

■ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
ブラームスは生涯に協奏曲を4曲書いたが、ヴァイオリン曲はこの1つだけである。心の底までしみいるようなこの作品は、メンデルスゾーン、ベートーヴェンと並んで、ヴァイオリン協奏曲の3名曲の1つに数えられ、演奏される機会が多い。
 ブラームスは交響曲第1番(76年)、第2番(77年)に続いて、この作品を78年に完成した。この後に前記の大学祝典序曲、悲劇的序曲と続き、この頃最も創作意欲の盛んな時期を迎えていた。名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムの助言を受けながら筆を進め、半年かけて仕上げた。調性はベートーヴェン,チャイコフスキーと同じく偶然ながらニ長調で、メンデルスゾーンはニ短調である。この調性はヴァイオリンの響きによくあっていると指摘されている。
(第1楽章)アレグロ・ノン・トロッポ、ニ長調、4分の3拍子、ソナタ形式、牧歌的な第1主題と壮大な第2主題のコントラストが鮮やか。
(第2楽章)アダージョ、へ長調、4分の2拍子、3部形式、漂う哀歓が魅力的。
(第3楽章)アレグロ・ジョコーソ・マ・ノン・トロッポ・ヴィヴァーチェ、ニ長調、4分の2拍子、不規則なロンド形式、軽やかな主題はテンポを早めて展開し、フィナーレは力強い。

■シューマン:交響曲第1番 変ロ長調 作品38「春」
 シューマンの作曲には他の人にはあまり見られない特徴がある。それはある特定の種類の曲目を集中してこしらえるというやりかたである。最初はピアノ曲に熱中していたが、40年にクララと結婚してから歌曲を相次いで生み出した。その後、一転して交響曲に向かった。41年には第1番を完成させたほか、第4番の初稿など4曲を手掛けた。シューベルトの大作「交響曲第9番グレート」が眠ったままになっていたのをシューマンが発見し、上演にこぎつけた。これがきっかけになって、シューマンを交響曲の世界に向かわせたとみられる。
 シューマンの第1番はベットガーの春の詩を読んで作曲された。各楽章には最初「春の初め」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」のタイトルがつけられていたが、後に消された。しかし、その気分をそのまま写しとったような爽快な曲で、盟友メンデルスゾーンの指揮によって初演された。 
(第1楽章)アンダンテ・ウン・ポーコ・マエストーソ、変ロ長調、4分の4拍子、ソナタ形式、躍動感のあふれる第1主題が春の訪れを告げ、優美な第2主題が印象的である。
(第2楽章)ラルゲット、変ホ長調、8分の3拍子、3部形式、主題がヴァイオリンでのどかに示される。
(第3楽章)モルト・ヴィヴァーチェ、ニ短調、4分の3拍子、3部形式
(第4楽章)アレグロ・アニマート・エ・グラツィオーソ、変ロ長調、2分の2拍子、ソナタ形式。楽曲は呈示部、展開部、再現部、終結部という伝統的なスタイルを踏みながら、その枠をはみ出して、ロマン派の息吹きが洩れてくる。
(c)音楽評論家 椨 泰幸 (無断転載を禁ずる)

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