第78回定期演奏会・楽曲解説

チャイコフスキー:イタリア奇想曲 Op.45
 北方の巨人ロシアの国力は、エカテリーナ女帝の西欧化政策によって目覚しく充実し、芸術の花が開いた。音楽は当初イタリア,ドイツ,フランスなど先進国に範をとっていたものの、十九世紀に入ってこの国の風土に根ざしたものが生まれた。いわゆる「国民楽派」の台頭であり、ムソルグスキーなど5人組が相次いで力作を発表した。
 一方、ロシア人の手で西欧にひけをとらない音楽づくりの運動もこの頃起こった。その先頭に立ったのがルビンシュテイン兄弟であり、ピョトル・チャイコフスキー(1840−1893)はこの二人に学び、西洋音楽のエッセンスを吸収していった。彼がロシアにおける「西欧楽派」の代表とみなされるのは、資質に加えてこのような背景にもよる。
5人組にはロシアの匂いが色濃く漂っているが、その上にさらに洗練された香りが、チャイコフスキーに混ざり合っている。もとより「国民楽派」といい「西欧楽派」といっても、音楽史上の相対的な区分に過ぎず、彼の作品にロシア的な色彩を探し当てることは容易である。しかし、哀愁に満ち、華麗で、すさまじいエネルギーを秘めているところに、チャイコフスキーならではのものがあり、比類のない音楽美に昇華している。
「イタリア奇想曲」はこの偉大な芸術の国への旅行から生まれた。陽光の輝く南の国では、古代やルネサンス期の栄華を伝える傑作の数々が街を彩り、多くの芸術家をひきつけた。美術に詳しい弟のモデストと連れ立って、1879年にローマを訪れた折の生き生きとした想い出が、この作品に結実している。
この曲に明るい隈取を与えているのはそればかりではない。資産家のメック夫人から年金を受け取る身になり、経済的に安定して作曲に打ち込めるようになった。妻との不幸な結婚を解消して、気分を一新したこともあずかっている。1880年夏に完成し、彼の作品のよき理解者であった師のニコライの指揮によって、その年の暮れモスクワで初演された。オペラ「エフゲニ・オネーギン」や「ヴァイオリン協奏曲」などの代表作がこの頃次々にできているのをみても、チャイコフスキーの充実ぶりがうかがえるであろう。
曲は6部に分かれており、最初に現れるトランペットの晴れやかなファンファーレが、精神の高揚をありありと示している。これは彼の宿泊したホテルの近くにある騎兵隊の兵舎から響き渡るトランペットの旋律を用いている。イタリアの快活な民謡やタランテラの旋律も効果的に使われ、管楽器の目を見張るばかりの律動感が魅力的。

プロコフィエフ:交響曲 第1番 ニ長調 Op.25「古典交響曲」
20世紀初頭の自由な空気を吸って、セルゲイ・プロコフィエフ(1891−1953)はモダニズムの寵児として楽壇に登場した。大胆な和声や思い切った転調は才気にあふれ、ロシア音楽の新時代を画するものであった。バレエ界に旋風を巻き起こしたディアギレフとも親交があり、感化された。ロシア革命がぼっ発し、日本を経由して米国へ亡命した後も、その作風に変わりはなかった。だが、母国への思いは断ちがたく、楽想の転換を求めて帰国したものの、ソ連体制のもとで厳しい批判にさらされた。この頃から彼は抒情的で平明な作風を打ち出して、ソ連の代表的な作曲家として活動し、交響曲やオペラ、バレエをはじめ映画音楽などにも手腕を発揮した。
交響曲第1番は1918年にピアノを使わないで作曲された。作曲者自ら指揮してレニングラードで初演した後に米国へ亡命した。ハイドンを手本にして曲名に古典を用いたが、随所に現代風の味付けを施して、モダニストらしい片鱗をのぞかせている。第1楽章アレグロは小気味のよい速さで、躍動感に満ちている。第2楽章ラルゲットで端正な響きを伝える。第3楽章は舞曲風のガヴォット。第4楽章モルト・ヴィヴァーチェで再び速度を早めて終曲へ疾走する。

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 Op.30
チャイコフスキーをリーダーとするロシアの西欧楽派の流れは、セルゲイ・ラフマニノフ(1873−1943)に確実に受け継がれた。マグマが噴出するような激しさや、うたうような哀愁が楽想を豊かにして、ロシアの風土をほうふつとさせる。チャイコフスキーは彼の才能をいち早く見出し、作品の紹介に尽力した。後に、チャイコフスキーの死を悼んで、ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」をつくったほどである。
貴族の家に生まれたラフマニノフは、ロシア革命によって誕生したソヴィエト政権をきらい、1918年から米国に永住した。作曲家としてだけでなくピアニストとしても優れ、ヴィルトゥオーソ的な演奏でもてはやされた。生涯にピアノと管弦楽のための作品を5曲つくった。このなかでは1901年に完成したピアノ協奏曲第2番が最も知られているが、1909年に作曲した第3番もよく演奏される。第2番の成功に自信をもち、さらに米国での演奏旅行も温かく迎えられた。その開放感が伸びやかな旋律に込められている。
第1楽章 アレグロ・マ・ノン・タント、ニ短調、4分の4拍子、自由なソナタ形式。第2番をほうふつとさせるような憂いを帯びた弦の響きに始まり、ピアノが軽やかに主題を奏でる。第2楽章 間奏曲、アダージョ、イ長調、4分の3拍子、変奏曲形式の3部形式。緩やかな弦の合奏を縫ってピアノが情熱的にうたう。第3楽章 フィナーレ、アラ・ブレーヴェ、ニ短調、2分の2拍子、ソナタ形式。最初に出てくるピアノはダイナミックで、展開部は華麗である。締めくくりの強奏が印象的。

(無断転載を禁ずる)(C)椨 泰幸

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