第83回定期演奏会・楽曲解説
洗練されたフランス音楽
パリジャンは小粋で、おしゃれといわれる。野暮や無粋は愚の骨頂で、白い目で見られそうだ。それはフランス文化の成り立ちと無縁ではない。この国は十八世紀を迎えて、充実した国力を背景に宮廷文化が栄え、サロンが発達して、芸術の華を咲かせた。優美なヴェルサイユ宮殿は今にその英姿を伝えている。このように華麗な芸術的風土に生まれ育った音楽もまた、洗練され優雅であったとしても不思議ではない。
ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」 交響詩「海」
フランス人らしい作曲家といえば、まずドビュッシー(1862−1918)が思い浮かぶ。その音楽は極上の絹のような光沢を放ち、気品が漂っている。彼は早くからワーグナーの感化を受けて、がっちりとした構成の巨大な音楽に圧倒された。しかし、詩人のマラルメの知己を得てから象徴派の詩に親しみ、次第にワーグナーから脱却して、独自の境地を切り開いていった。
それは印象主義と呼ばれるもので、行き詰まりをみせていたロマン派の音楽に、新たな活路を見出すものであった。これはもともと美術上の用語で、モネ、ルノワール、セザンヌなどの画家たちが世間の無理解と闘いながら、推進していた運動を指している。モネの描いた作品「印象・日の出」に由来しており、薄く煙る霧の中に太陽がうっすらと浮かぶ情景を感覚的に描いている。ドビュッシーの音楽もこれに似通った
ところがあり、外界の印象を感覚的にとらえるところから名づけられた。
その出発点となった記念碑的な作品が「牧神の午後への前奏曲」であり、マラルメの詩をもとに1892年から94年にかけて作曲された。フルートが気だるそうで官能的な旋律を奏でて、ハープやホルンがこれを追う。ギリシャ神話に登場する半人半獣の牧神と人魚たちがきらめく波間に戯れて、マラルメのうたいあげた小宇宙を見事に再現している。
交響詩の「海−管弦楽のための3つの素描」は印象主義の頂点をなす傑作で、1903年に着手して1905年に完成した。海景から受ける印象を3楽章にまとめたもので、第1楽章の<海の夜明けから真昼まで>はハープとティンパニに洋上のうつろいを託している。第2楽章<波の戯れ>はスケルツォともいえる軽快な旋律が印象的。第3楽章<風と海との対話>では弦楽器(風)と管楽器(海)の対比が鮮やかである。
ショーソン:「詩曲」Op.25
パリで活躍したフランクの門下(フランキスト)から優れた作曲家が出て、フランス音楽の振興に貢献した。このなかでショーソン(1855−1899)とダンディがよく知られている。抒情性に富んだ作風は多くの人に愛されたが、自転車で散策中に自動車にはねられてなくなった。余りにも早過ぎる死で、この頃既に交通事故があったのには驚かされる。
1896年につくられた「ヴァイオリンとオーケストラのための詩曲」は、簡約して通常「詩曲」と呼ばれるが、ヴァイオリンの名手イザイに捧げられた。その名前にふさわしく、詩情に満ちた佳品である。ゆっくりと神秘的な序奏ではじまり、やがて感情を高ぶらせて情熱的な主題にのぼりつめる。それも静まって弱奏のうちに終わる。
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソOp.28
フランスは芸術振興のためにローマ大賞を設け、美術,彫刻、建築、音楽部門で優秀な成績をおさめた若者をローマに派遣して育成した。芸術家を志すものにとって大賞はあこがれの的で、音楽部門の受賞者にはベルリオーズ、ビゼー、マスネ、ドビュッシーら後に大成するそうそうたる名前が連なっている。パリ音楽院に学んだサン=サーンス(1835−1921)は、栄光を目指したものの涙をのんだ。だがオルガンの腕前を見込まれて、23歳で栄誉あるマドレーヌ教会オルガニストに抜擢された。ここで名手としての声価を高め、演奏に作曲に充実した日々をおくった。大賞の失敗を償って余りあるものがある。真のフランス音楽の確立を目指して国民音楽協会の設立に奔走し、後にショーソンらも参加することになる。レジョン・ドヌール勲章を受章し、芸術院長を歴任するなど文字通り音楽界の大立者として晩年は活躍した。
「序奏とロンド・カプリチオーソ」はヴァイオリンの鬼才サラサーテのヴィルトゥオーソに刺激されて1863年に作曲され、彼に献呈された。サラサーテもこの曲が気に入り、各地で演奏して普及に努め、名曲としての地位を確立した。ロンドの主題が華やかで、トリルの主題は技巧の粋をこらしている。独奏ヴァイオリンの分散和音に管弦楽が呼応して、堂々たるコーダでフィナーレへ。
デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」
パリ音楽院で教鞭をとったデュカス(1865−1935)はベートーヴェンに傾倒して、ドイツ音楽に共感を抱いていた。作品にはフランス的な感性を生かしながら、ドイツ・ロマン派への接近がみられる。他の作曲家たちの作品を編曲・研究したり、評論に時間をとられたりしたせいか、自らの作品は13曲と少ない。その中で1897年につくった「魔法使いの弟子」がよく知られている。
魔法使いの弟子が、先生の留守をいいことに呪文で水を出すようにしたが、その止め方が分からずに右往左往するという愉快な内容で、ゲーテの詩をもとにしている。その有様が「序奏」「スケルツォ」「コーダ」の3つに分かれてユーモラスに描かれている。(無断転載を禁ずる)(C)椨 泰幸