第85回定期演奏会・楽曲解説
間宮芳生:オーケストラのための“地球のともだち”(2002)
大阪シンフォニカー交響楽団委嘱シリーズ「21世紀の子どもの為に(1)」
この作品のタイトルの中の「ともだち」とは、地球のまわりを回る月や、地球の上のいろいろな国々に住む人びと、そして、くまやムカデなどの生きものたちです。そして、アフリカ、アジア(もちろん日本)など、世界のいろいろな地域に伝わる民謡のメロディーが出て来ます。3曲目「やまのこもりうた」、6曲目「ムカデのうた」には、詩人くどうなおこさんの詩に作曲した、私の自作のうたの旋律が使われています。「地球のともだち」は、はじめ(1985年)ピアノ連弾のための作品として作曲されたのですが、大阪シンフォニカーの依頼に応えて、こんど、オーケストラ作品に作りなおしました。
「お月さまいくつ」 地球のともだちといえば、太陽系の惑星たち、金星や土星を思い浮かべるかもしれないが、いちばん近くで地球のまわりを回る月も、ともだちです。だから、月がテーマの音楽は古くから沢山つくられて来ました。わら べうた「お月さまいくつ」も、その一つです。
「おやゆびピアノ」 「おやゆびピアノ」は「カリンバ」とも、「ンビラ」とも呼ばれる、アフリカ生まれの小さな楽器です。両手で楽器を持って親ゆびだけで弾くので、「おやゆびピアノ」です。そして、この楽しくはずむリズムのメロディーは、これもアフリカ、ウガンダの民謡。
「やまのこもりうた」 こぐまのためのこもりうたです。くまは冬は冬眠する動物だから、秋のおわりから、また春が来て目が醒めるまでの、半年分の子守唄なのです。
「ダニのうた」 くまが地球にすむともだちなら、ダニだって、ともだちです。このメロディーは韓国のわらべうたです。それにもうひとつ別の韓国のわらべうた「ポットン・ポットン」の旋律も入っています。この2つのうたのメロディーが、まるで一つのうたのようにつながるのが面白くて、組合わせてしまいました。2つの境目はわからなくてもいいです。
「民謡」 アメリカ・インディアンの古い民謡がテーマです。新しい仲間との友情のうたです。
「ムカデのうた」 童謡「こころとあし」による曲です。
ぼくの心が泣いてるときも ぼくのあしは おまつりしてる だからぼくは、あんまり泣けない
心とあしがバラバラのムカデの、皮肉で、ちょっと悲しいうたです。だから短調で、元気だけれど、少し重たいリズムなのです。
間 宮 芳 生(C)(無断転載を禁ずる)
オネゲル:交響曲 第2番
アルチュール・オネゲルには、編集者との対談による『わたしは作曲家である』という著書がある(吉田秀和訳・音楽之友社)。そのなかでオネゲルは、作曲家という仕事が、いかに酬われない、つらい仕事であるかを、西欧文明の未来への悲観とあわせて語っている。しかし第二次大戦のドイツ軍占領下にあって、一念をこめてつくりあげたのがこの交響曲で、献呈されたパウル・ザッヒャー指揮のバーゼル室内管弦楽団によって、1942年5月に、スイスのチューリッヒで初演された。
第1楽章は、ヴィオラの重苦しい、悲しげな旋律で始まる。次の第1主題の激しさと対照的であるが、この悲しさは、第2楽章の導入部にも受け継がれ、激しい情熱と交錯しながら、緊密な音楽を形づくってゆく。しかし第3楽章の結末に近い部分の、わずか40秒そこそこのトランペットの独奏が、陰鬱な世界の光明のように鳴り響く。
もともと弦楽のための交響曲として書かれたものだから、トランペットの使用は、アドリブ、つまり任意に使っても使わなくてもいいと指定されている。とはいえ、現実の悲しさを乗り越えて勝利を予告する勇気づけのためなら、不可欠の楽器のように思える。だからこの曲は、ドイツ軍占領下のヨーロッパ各地で、好んで演奏された。
シベリウス:交響曲 第2番 ニ長調 Op.43
ベートーヴェンを除いて、作った交響曲のすべてが、現在でも演奏される作曲家は、ごくわずかしかいない。ヤン(またはジャン)・シベリウスは、その数少ない例の一人である。7つの全交響曲は、世界中のオーケストラの重要なレパートリーになっている。北欧の風土に根ざしながら、常に人間の内面に問いかける、誠実で重厚な音楽づくりが、変わらぬ魅力となっている。
なかでもこの第2番は、演奏機会がもっとも多く、これを「シベリウスの田園交響曲」と呼ぶ人もある。なるほど第1楽章の第1主題は、ちょっと「田園」を思わせるが、もっと素朴で、どことなく影が感じられる。この違いは、第2楽章ではもっと明らかで、絵巻物のような「田園」と比べると、やさしさと激しい不安が交互に現れ、シベリウス独自の世界が展開される。独自の世界づくりは、ベートーヴェンのように主題をさまざまな変奏曲に変形する方法をとらず、二つの主題を対置させたまま音楽を進行させてゆく方法に基づいていることがわかる。北欧民謡やダンス歌謡の影響がある、といえるかも知れない。
第3楽章で、ホルンとファゴットの和音にのって、オーボエが美しい旋律をかなでる。暗さと重厚な情熱のなかで、この旋律は忘れがたい印象を残す。この楽章の最後は、第4楽章の主題を予告していて、つづけて演奏されるのが常である。
第4楽章では野太く力にあふれた第1主題と、いくぶんうれいを含んだ第2主題が、例によって対置されながら、次第に雄大に発展して終わる。もはや「田園」とはかけ離れた境地である。シベリウスはここで、当時のロシアの圧制に抵抗しているように見える。1902年3月、ヘルシンキでシベリウス自身の指揮によって初演されて以来、フィンランドの民衆の大歓迎を受けた。
オネゲルといい、シベリウスといい、自国の危機に際して自国民の苦悩を自分の苦悩として、みごとな音楽を創造したことに対して、われわれ日本人は教えられるところが非常に大きい。雑 喉 潤(C)(無断転載を禁ずる)