2004年7月16日 第94回定期演奏会曲目解説
ドヴォルザーク:序曲「自然の王国で」 作品91
今晩の演奏会では、チェコの人々に、チェコを代表する国宝的作曲家として愛されているドヴォルザークの晩年の名作を、そのチ ェコのプラハ放送響の首席指揮者をしているヴァーレックの指揮で聞くことが一つの楽しみとなろう。
ドヴォルザークは、プラハ近郊の小村の肉屋の子として生まれ、幼い頃より音楽の才能を示し作曲家を志したが、貧困のため作曲 に専念することが出来ず、後に国立歌劇場のオーケストラとなった前身の楽団でヴィオラ奏者をしながら、その余暇をさいて作曲をし なければならなかった。しかし、30才の頃作曲に専心することを決意し、オーケストラをやめて、一時貧苦のどん底にまで落ちたが、 34才のとき、隣国のオーストリア政府が、才能ある若い芸術家に出す奨励金のテストに応募、合格し、以後5年間連続してこの奨励金 を受けた。そして、その間、審査に立合ったブラームスに認められ、次第に作曲家としての評価が安定したのであった。不思議というか、当り前というか、今日我々が耳にするドヴォルザークの数多い作品は、ほとんどすべてが34才以後に書かれた作品となっていて、それ以前の多くの作品は、格段に見劣りするのである。
ドヴォルザークの作品は、交響曲や室内楽曲の器楽の絶対音楽が中心だが、余り演奏されることは無いが、オーケストラ作品には 標題をもった序曲や交響詩もある。この序曲「自然の王国で」は、その代表的なものの一つで、アメリカに行って新世界交響曲を作曲 する直前の、1891年最盛期の作品である。「謝肉祭」「オセロ」と共に序曲三部作と銘打たれているが、今日では3曲続けて演奏され ることはほとんどない。ドヴォルザークのこよなく愛したボヘミアの自然への讃歌というべき、平和な美しい作品である。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第1番 嬰ヘ短調 作品1
ロシアの作曲家ラフマニノフは、彼より23年早く生まれた大作曲家チャイコフスキーを最も尊敬し、目標にしていた。交響曲、管弦 楽曲、歌曲、オペラなどに及ぶその作品群は、チャイコフスキーの確かな後継者として、更にその作風に20世紀の新しい風と、独自 のリリシズムを吹き込み、魅力的な音楽を作り出した。
一方彼は、20世紀前半のピアノ演奏の巨匠としても名高い。すでに録音なども残す時代となっていたので、ピアニストとして印象が 強く、ピアニスト兼作曲家と思われがちだが、それは正しくない。作曲と並行してピアニストとしても活躍をはじめたのは、ソビエト 革命によりアメリカに亡命した40才を過ぎてからのことであったのである。
ピアノ協奏曲は4曲あるが、中では2番と3番が圧倒的に有名である。2番は、あらゆる意味で彼の音楽の特質を集約した代表作と いわれるし、3番は、更にそのラフマニノフの特質に、ピアノ演奏技巧の巨匠性がふんだんに盛り込まれた華麗さに人気がある。した がって、今晩演奏される第1番は、演奏会で取上げられるのは比較的珍しい。作品1のこの曲は、実はラフマニノフがモスクワ音楽院 で学んでいた18才のときの作品である。このときは、一楽章だけが発表演奏されたようだが、それから25年たった1917年に、ラフマニ ノフはこの曲を徹底的に改作し、作品1として再び発表した。それは、革命の最中で、すでに2番も、3番も発表したあと、アメリカに亡 命する前の、ロシアでの最後の作品となった。若々しい元気の良い派手さがあるが、既に後のラフマニノフの音造りは確立されてお り、特にラフマニノフの協奏曲の特長といえるオーケストレイションの見事さは、遜色なく、多くのピアニストが取上げるようになれば、広く人気の出る要素はあるように思われる。曲は、形通りの急・緩・急の3楽章より成る。
第1楽章 ヴィヴァーチェ
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 「新世界より」
さて、プログラムの最後は、オーケストラ・ファンなら知らない人は無い程有名な、ドヴォルザークの最後の交響曲、「新世界より」である。功成り名を遂げたドヴォルザークは、1892年、51才のとき、アメリカ、ニューヨークに新設されたナショナル音楽院の校長として招かれ渡米する。しかし、ドヴォルザークは、新世界の近代的大都会がどうしても好きになれず、たちまちホームシックにかかり、一期3年で早々に帰国する。この3年間はそのように彼にとって決して楽しい期間では無く望郷の念にかられた焦心の期間だったが、創作の上からは数多くの名曲を産んだ重要な期間となった。それは、ドヴォルザークがこの地で、黒人のニグロ・スピリチャル(黒人霊歌)に興味をもち、その要素を独自の方法で自身の音楽に取り入れたことによる。アメリカの黒人は、ヨーロッパ人が奴隷としてアフリカの各地から輸入したもので、アメリカの土着の民族では無い。これらの黒人の、特別な生活環境から生まれた音楽は独特のもので、ジャズの起源ともなるが、宗教と結びついた黒人霊歌は、当時アメリカ人にも余り知られていなかったという。ドヴォルザークは、この黒人霊歌の五音音階や、切分法と、故国ボヘミアや特にハンガリーに影響を与えているマジャール民族音楽との類似性に興味をもち、みずからの音楽に融合させることを試みたのであった。これによって従来のドヴォルザークの音楽は、さらに独自の深みを増し、豊かなものとなったのである。この新世界交響曲は、そういったドヴォルザークの創作の頂点をなす作品として広く知られているのである。
全曲は次の4楽章より成る。
第1楽章 アダージォ―アレグロ・モルト
第2楽章 ラールゴ
第3楽章 モルト・ヴィヴァーチェ
第4楽章 アレグロ・コン・フォコ
(無断転載を禁ずる)(C)草 刈 津 三(音楽プロデューサー)