2004年11月12日 第96回定期演奏会曲目解説芥川也寸志:トリプティーク [弦楽のための三楽章]
芥川也寸志(1925-89)は戦前の日本近代文学を代表する芥川龍之介の三男で、東京音楽学校(現東京芸大)を卒業し、團伊玖磨、黛敏郎と「3人の会」を作り、戦後日本の現代音楽をリードした作曲家です。ショスタコーヴィチやプロコフィエフなど、20世紀のロシアを代表する作曲家をモデルに、西欧音楽の模倣を超えて民族的な音感の世界を追及し、まだ国交のなかったソ連入りに成功して、ショスタコーヴィチやハチャトゥリアンに会い、勤労者の草の根運動だった労音を支持して「森の歌」を指揮するなど、民衆に密着した音楽をモットーに活躍しました。 「トリプティーク」というのは3面一組の絵画のことで、芥川が愛聴したポーランド生まれの作曲家タンスマン(1897-1986)の弦楽合奏曲「トリプティーク」(1930)の題名を慣用して、3つの楽章を3面の絵画として捉えています。N響の指揮者だったクルト・ヴェスの依頼で1953年に作曲、同年12月にヴェスの指揮するニューヨーク・フィルがカーネギー・ホールで初演しました。第1楽章(アレグロ)は3部形式。第2楽章(アンダンテ)は「子守歌」で、娘のために書かれました。3部形式です。第3楽章(プレスト)は祭囃子のようなテーマで始まります。ロンドになっています。
ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
アラム・イリイチ・ハチャトゥリアン(1903-78)は現在のグルジア、トビリシ市生まれのアルメニア人でした。日本でもバレエ音楽「ガヤネー」の「剣の舞」がポピュラーですが、民族音楽の特徴を生かした音楽でソ連時代を代表するローカル・カラーにあふれた作曲家 です。音楽の基調にあるのはアルメニアの民謡のリズムとメロディで、フォーク・ミュージックをクラシック音楽の古典的な技法を駆使して形象化しているところが特徴です。ボロディンやリムスキー=コルサコフが開いた可能性を継承して、同時代ではプロコフィエフや ラヴェルの音感や楽想に通低しています。 このヴァイオリン協奏曲は1938年にアルメニア芸術旬間で首都エレヴァンに招かれた際に収集した周辺のアルメニア民族音楽を 基にして、1940年夏にモスクワの「作曲家同盟休息の家」で作曲され、ダヴィッド・オイストラフに献呈されて、1940年11月16日、オイ ストラフのソロとアレクサンドル・ガウク指揮のモスクワ放送交響楽団によってチャイコフスキー・コンサートホールで初演されました。ハ チャトゥリアン自身は来日して、1963年2月9日、読売日響を指揮してレオニード・コーガンのソロで東京文化会館で自作自演しました。 第1楽章(アレグロ・コン・フェルメッツァ)はソナタ形式で、ヴァイオリンが第1テーマを、引き続き第2テーマを導入し、展開部ではかなり長いソロ・ヴァイオリンのカデンツァがあります。作曲者だけでなく、コーガンもカデンツァを書いています。第2楽章(アンダンテ・ソステヌート)は歌謡三部形式で、ソロ・ヴァイオリンが民謡調のメロディを哀愁たっぷりに歌います。第3楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は自由なロンド形式で、民族舞踊の躍動的なリズムと民謡的な親しみのあるメロディが聴きどころです。
ラフマニノフ:交響曲 第3番 イ短調 op.44
セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)はロシアの19世紀末から20世紀初頭を代表する作曲家で、モスクワ音楽院をライバルのスクリャヴィンと同期の1892年に卒業しました。ラフマニノフの方が優等生だったのですが、第1交響曲(1895)が不評で立場は逆転します。しかしピアノ協奏曲第2番(1901)の成功で自信を取り戻して創作活動を再開し、チェロ・ソナタのような宝玉の室内楽や前奏曲などの親しめるピアノ小品を書きました。しかしソヴィエト革命後は実質的にアメリカへ亡命して、ピアニストとして活躍します。 ロシアを離れてもラフマニノフは祖国への望郷の念を捨てきれず、後期ロマン派スタイルのノスタルジーの中に生きていましたが、 実際には演奏旅行が多忙すぎて作曲する心の余裕はなかったようです。しかし50歳代になって創作への意欲を取り戻し、スイスの別 荘で1935年から36年夏にかけてこの第3交響曲を作曲しました。初演はストコフスキーの指揮で1936年11月6日にフィラデルフィアで行われました。曲想は亡命以前のロシアの風物にあって、同時代のロシアの作家チェーホフが描いた倦怠感の中に哀愁を含んだ世 界であり、シャリアピンが歌った昔のロシアの姿でした。西欧の音楽語法をよく消化したチャイコフスキーを継承して、革命前の古き良 き時代のロシアの広大な風土に対する憧憬を表現した3面の大きな音響のトリプティークともいえるでしょう。 第1楽章(レント―アレグロ・モデラート)は静かに始まる序奏付のソナタ形式で、オーボエの第1主題、チェロの第2主題ともにロシアらしいメロディです。展開部では多彩な音の風景画が絵巻物のように続きます。第2楽章(アダージョ・マ・ノン・トロッポ)は自由な3 部形式の緩徐楽章ですが、中間部(アレグロ・ヴィヴァーチェ)が活発なスケルツォの性格を持っていて、全体の構造のバランスをとるような仕組みになっています。再現部は短いアダージョです。第3楽章(アレグロ)は単一主題のソナタ形式とでもいうべき独特のスタイルになっていて、フーガのように対位法的に展開するところが印象的です。
(無断転載を禁ずる)(C)音楽評論家 鴫 原 眞 一