2005年03月02日 第99回定期演奏会曲目解説
ベートーヴェン:序曲 「献堂式」 op.124
序曲「献堂式」に与えられた作品番号は124である。作品123が畢竟の大作「荘厳ミサ曲」で、作品125は云わずと知れた交響曲第9番。ベートーヴェン(1770-1827)の管弦楽創作でも重要な一連の序曲の最後を飾るこの10分ほどの小品に、両大作のエッセンスが注ぎ込まれても不思議はない。 1822年10月3日、ベートーヴェンが住むヴィーンのヨーゼフシュタット劇場がこけらを落とす。ミサ曲に専念している作曲家は依頼された新作祝祭劇が間に合わず、10年前の旧作「アテネの廃墟」を改訂再上演することになる。序曲も別物とされた。 ハ長調の和音が力強く鳴ってマエストーソの荘厳な旋律へと続く序は、調性といい構成といい旧作序曲「プロメテウスの創造物」の導入部分と瓜二つ。が、テンポの速いト長調主題を歌い気分を整えたところから、かつてあれほど拘ったソナタ形式には向かわず、アレグロ・コン・ブリオで巨大な二重フーガへと雪崩れ込むのだ。息抜きのようにホモフォニックな展開も挟み込みつつ、フーガが音で堂を築き、ティンパニーが連打される祝祭の雰囲気に終わる。ミサ曲や第9交響曲、さらには作品110のピアノソナタで見せたフーガ作家としての腕が存分に披露される。作品130終楽章の「大フーガ」で頂点を極める晩年ベートーヴェン様式の典型例だ。
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 op.58
耳の病気で音楽家人生の転換点を認識した1802年の『ハイリゲンシュタットの遺書』以後、ピアニストとして帝都ヴィーンでの名声を固めていたベートーヴェンには、作曲家としての仕事が重要となった。ナポレオン戦争の帝都政情不安とは無縁に、創作力が大爆発する傑作の森の季節である。1806年暮れにはヴァイオリン協奏曲が初演される。耳から消えゆく音を愛おしむような、この作曲家には珍しい弦楽器の音色美に徹した傑作だ。翌年3月、ロプコヴィッツ侯爵邸を舞台にした2日連続の予約演奏会では、ヴァイオリン作品と平行して作曲したト長調のピアノ協奏曲が初演された。作曲者自身がピアニストとして披露した最後の協奏曲である。ヴァイオリン協奏曲同様、耳に響く音の大地にしっかり足をつけ音色美を求め得た最後のピアノ曲かもしれない。極めて優雅で響きの美しいこの音楽、今や日本を代表するベートーヴェン弾きになりつつある本日の仲道郁代のピアニズムにも最適だろう。 第1楽章アレグロ・モデラート。管弦楽の主題提示に先立ち、即興的な展開を先取りするように、ピアノが「運命」モットーを穏和にしたような第1主題素材を爪弾く。技巧的には極めて難曲だが、そう感じさせぬ繊細さを「演奏中の打鍵は見事に静寂で、気品に溢れ、美しく、常に平然としたものだった」と弟子チェルニーは語っている。第2楽章アンダンテ・コン・モート、ホ短調。弦楽器と独奏のみで、弦をピアノが優しく説得する対話劇を眺めるよう。音色に細かく配慮し、当時のフォルテピアノでのみ可能なハンマーが打つ弦を1本にする効果まで用いている。前楽章からフェルマータで繋がる第3楽章ヴィヴァーチェ、トランペットとティンパニーが活躍する軍隊行進曲風のロンド主題と、典雅なピアノが導く副主題が錯綜する。
シューベルト:交響曲 第9(8)番 ハ長調 D.944 「ザ・グレイト」
シューベルト(1797-1827)のロマン性は、形式とは無縁なところに顕れる。完成された交響曲としては最後の作品となったこのハ長調大作も、形態は古典派4楽章を真面目に守っている。が、その内容たるや、冒頭ホルンが限りない憧れを歌い、第2楽章では優しい響きが天から降りてくる。形の古典性と、内容のロマン性の乖離の甚だしさこそが、この作曲家独自の味わいなのだ。 ところで、この交響曲の呼び名である。総計13作が試みられたとされるシューベルトの交響曲創作の中で、楽譜が再現できる状態にあるのは8曲。1818年のハ長調交響曲(6作目)までは問題ないが、そこから先が混乱している。21世紀初頭の現在、このハ長調大作は8番と呼ばれることが多い。ほぼ完成した4楽章スケッチが存在する1821年のホ長調交響曲を数えれば第9番(別人が後に補筆完成した演奏版がある)。出版順なら、1865年まで発見されなかった「未完成」の前で、第7番と呼ぶ可能性も。記録だけが残る「グムデン・ガスタイン交響曲」も数に入れ、10番とする説もあった。ちなみに恐らく日本で一番容易に手に入るこの作品のミニチュア総譜(音楽之友社版)表紙には「交響曲第9(7)番」と記され、8という数はどこにもない。 作曲年代も混乱しており、1825年から翌年にかけての作曲というのが定説だ。作者の没後にシューマンが1838年に楽譜を発見し、「天国的な長さ」と評したのは、余りにも多い音型の繰り返し故か(愛称の「ザ・グレイト」とは、「あの大きな奴」という業界符丁である)。翌年のライプチヒでの初演はメンデルスゾーンが行っている。そんな経緯からか、楽譜は音程とテンポ、楽器法までは書かれたトルソーのようなもので、細かい指定は皆無。演奏解釈の入る余地がかなりあり、楽譜に指定のない演奏上の因習も多い。結果として、使用楽譜や指揮者の楽譜に対する考え、シューベルト像などによって与える印象が全く違う、聴き比べが極めて面白い作品になっている。
さて、ヴィーンとイタリアで学んだ寺岡清高の解釈やいかに。 第1楽章、ホルン信号が導く序奏から、ソナタ型式。コーダでは序奏主題が壮大に戻るのが印象的だ。イ短調の第2楽章は、この世で最もロマンティックな交響曲楽章だろう。管楽器がさり気なく聴かせるいかにもこの作曲家らしい小唄が魅力的。中間部分で、シューマンが「天の使いが潜んでいる」と述べたホルンが響く。第3楽章、ブルックナーの先輩のような巨大な田舎風スケルツォ。第4楽章は、オスティナートとソナタを融合させた激烈な音楽。(無断転載を禁ずる)(C)渡 辺 和