2006年10月8日
第11回淡路島定期演奏会によせてチェコの首都プラハを流れるヴルタヴァ川(ドイツ名モルダウ川)は、ヨーロッパの大河、エルベ川に合流します。そのエルベ川がドイツに入って30キロほど下ったところにあるのが、ザクセン州の州都ドレスデンです。ドレスデンは歴史と文化の町であり、世界最古のオーケストラであるシュターツカペレ・ドレスデンの本拠地でもあります。
カール・マリア・フォン・ウェーバー(1786年-1826年)は、1813年にプラハ歌劇場の芸術監督に就任、モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』の歴史的成功以来、低落していた歌劇場を見事に再興させます。1817年には、ザクセン宮廷の楽長に任命され、ドレスデン歌劇場に移ります。今日お聞き頂く、歌劇『魔弾の射手』序曲の舞台はボヘミア、つまりチェコの森です。ちなみに、若き日のヴァーグナーやベルリオーズが、この歌劇『魔弾の射手』に感激して、作曲家を志しました。そういう意味では、最も音楽史に影響を与えた一曲でしょう。
「愛の逃避行」と聞いて、ピンときたあなたはショパンマニアです。ショパンは色白で病気がち、内気な優男でした。恋愛の世界では、自分の反対のキャラクターを持つ異性に焦がれるそうです。ショパンの恋人、女流作家のジョルジュ・サンドは、男装して社交界に現れるなど、とびきりのフェミニストとして有名でした。この二人の「愛の逃避行」の場所が地中海のマジョルカ島。ショパンを聴くと、マジョルカ島へ行きたいと思うのは私だけですか?
女に生まれたら、クララ・シューマンみたいに生きたい! と、私は思います。クララは1819年、ドイツの名ピアノ教師フリードリヒ・ヴィークの娘に生まれます。彼女は美人でピアノの才能も一流でした。14歳のとき、父の弟子であったローベルト・シューマン(1810年-1856年)と恋仲に落ち、父の大反対を受けますが、1840年、ローベルトと結婚します。この年、ローベルトは猛烈に作曲意欲が高まり、『詩人の恋』『リーダークライス』『女の愛と生涯』などの名歌曲を立て続けに作曲します。また翌1841年には、今日お聞き頂く『交響曲第4番』を作曲しました。1856年、ローベルトは梅毒が原因の精神病が悪化して亡くなります。クララはその後40年も生き続け、1896年、77歳で亡くなるまで再婚しませんでした。あ!・・でもブラームスはずっと恋人でしたけどね・・・
大阪シンフォニカー交響楽団ITプランナー 佐々木 修