2007年6月22日(金)
第118回定期演奏会
■シェフからのメッセージ
第118回定期では、フランス音楽の醍醐味を心ゆくまで堪能して戴きたいと思います。
 美術、文学はもとより、ファッションやワイン・料理の食文化に至るまで、日本とフランスの感性が共鳴し合う点は多いのですが、音楽に関してだけは、ポピュラリティーが少し不足している様に見受けられます。中学生の頃、ドビュッシーのピアノ曲に魅了され、人生の半分近くをパリに住んでいる私には、いつも歯痒く思えるのです。確かに、フランスはモーツァルトもベートーヴェンも生んだ訳ではありませんし、明治維新後、ヨーロッパ音楽が日本に移入された時、その担い手となったのは、ゲルマン系かロシア系の人が多かったのでした。日本側も、文芸評論に携わる人が音楽を文学的に捉えて紹介する傾向がありました。しかし、フランス音楽の特徴である繊細なニュアンスと多彩な音色、流麗な旋律と躍動するリズムは、文学的解釈ではなく、より抽象的な音そのものを楽しむ姿勢があってこそ、初めてその美しさに触れられるのです。
 今回は、フランス音楽を多角的に御賞味戴きたく、年代、性格が異なる作品を集めました。今年が没後15年に当る、20世紀を代表する作曲家のメシアンと、国民音楽協会を組織しロマンティックな作風で知られるサン=サーンスは、共にオルガニストでもありました。ドビュッシー、プーランク、ラヴェルは、ロシアバレエ団を主宰したディアギレフと親交・軋轢があり、彼等の3曲は、異教的官能、パリジャンの都会的洒脱、執拗なまでのリズム・オスティナートに支えられた眩い色彩といった独特な世界を展開致します。
 このコンサートがきっかけとなって、より多くのフランス音楽に親しまれます様、願って居ります。
矢崎 彦太郎
ジェラール・プーレ ヴァイオリン
ジェラール・プーレは指揮者とヴァイオリニストであったガストン・プーレの息子で、天才少年期を送る(父ガストンはドビュッシーのヴァイオリン・ソナタを作曲家自身のピアノで1917年に初演した事で知られている)。11才でパリ国立音楽院に入学し、2年後には審査員全員一致の首席で卒業。18才の時には、イタリアのジェノーヴァでのパガニーニ・コンクールで最優秀賞を受賞。ジーノ・フランチェスカッティ、ユーディ・メニューイン、ナタン・ミルシュテイン、とりわけ彼の精神の父となったヘンリック・シェリング等の巨匠達の教育を受けながら、数々のコンサートをし、キャリアを世界中に広めた。パリ管弦楽団、フランス国立管弦楽団、ストラスブール国立管弦楽団、リール、ボルドー、RAI・トリノのオーケストラ、プラハラジオ交響楽団、リェージュのフィルハーモニックオーケストラ、北京交響楽団、シュツットガルトオーケストラ等のオーケストラと共演し、毎年行われるラジオフランス、オルセー美術館、シャンゼリゼ劇場、プラド、ディヴォンヌ、ソー、ブザンソン、モンテ・カルロ、モントルー等の名高い音楽フェスティバルや定期公演に出演している。ドイツ、オーストリア、イタリア、スイス、日本、アメリカ、カナダ、チェコ、スロヴァキア、中国、韓国、ブラジル、アルゼンチン、チュニジア等に渡り、国際的なキャリアを築いた。そして数多くの国際コンクールの審査員に招聘されている。また偉大な教育者でもあり、長年教授を務めたパリ国立高等音楽院を2003年に退官後、パリCNR市立音楽院のソリストコースとエコール・ノルマル音楽院で教鞭を執り、2005年4月からは東京芸術大学の客員教授に任命され現在に至る。ウィーンや北京の音楽院を始め世界中でマスタークラスを行っている。日本では京都フランス音楽アカデミー、いしかわミュージック・アカデミー他、多数の音楽大学(桐朋、国立、沖縄県芸、愛知県芸、フェリス、作陽、洗足)に招かれている。1995年フランス芸術文化勲章及び1999年文化功労賞を受賞。日本在住。

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