2007年9月12日(水)
第120回定期演奏会

■シェフからのメッセージ
至高幻想響艶
 1839年リヒテンシュタインのヴァデズに生まれたラインベルガーは、4歳で初めての音楽教育を受け、既に7歳で町のオルガン演奏を任されるという、非常に早熟な天才でした。 しかも、オルガン曲やミサ曲だけではなく、オペラや交響曲・室内楽をも含めた、幅広い分野の作品を書き残した、多作家です。
 一方、1824年にオーストリアのリンツ郊外で生まれ、長い時間をかけ、試行錯誤と熟考を重ねながら大規模な交響曲やテ・デウムを完成させたブルックナーは、その真価が晩年になってようやく認められるようになった、作曲家でした。
 その彼が、ヨハン・セバスティアン・バッハと同じように"オルガンの即興演奏の達人"であり、パリ・ノートルダム大聖堂で行われた"パイプ・オルガン即興演奏コンクール"で一位を獲得したり、即興演奏を含むオルガン演奏会を行うためにロンドンへ出かけていたことは、意外に知られていない、忘れられた側面です。
 近年の日本では、どのコンサート・ホールにも大きな"パイプ・オルガン"が設置されるようになり、マーラーやサン=サーンス等の作曲した"オルガン付き交響曲"が頻繁に演奏されるようになって、こうした場でパイプ・オルガンの音に接することは、少しも珍しいことではなくなりました。
 何百本というパイプから出される多種多様豊穣な音色と、空間を伝わって直接肌に飛んで来るパイプの振動は、聴く人を不思議な興奮へと誘いこんでくれます。
 しかし、改めて考えてみると、オルガンのこのような"派手な利用の仕方"は、楽器の歴史やヨーロッパの音楽文化史から見ると、今日でもむしろ"例外"であることは、以外に見落とされている事実のように思います。
 楽器としてのオルガンは、本来"何処に置かれ、何のために使われた"のでしょうか?
 この問いの答えを探すことは、作品を"表面的な響き"として捉える聴き方から、響きの奥にある"音楽に託されたもの"を聴き取る姿勢への、大切な分岐点になるのではないかと思います。
"作曲家は誰を聴き手として想定し、音を紡いでいったのだろうか”といった問いや、"作曲家は音を通じて、何を伝えたかったのだろうか”といったことについて考え、感じていく中で、パイプ・オルガンの持つ"本来の意味と役割"を思い出すことは、"作品を聴く"ということを考える上で、大切なポイントの一つなのではないでしょうか?
児玉 宏

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