2008年05月13日(火)第125回定期演奏会
■シェフからのメッセージ
 この度「ベートーヴェンと世紀末ウィーンの知られざる交響曲」という新シリーズを立ち上げることになりました。ブルックナーやマーラーの後は新ウィーン学派と音楽史では習います。しかし歴史とはそもそも勝者のものだという認識に立てば、実はその陰には多くの「敗者」が存在します。いやむしろそちらが主流であったといえるかもしれません。世紀末の音楽家達がそれまでのウィーン音楽の伝統を踏まえ試行錯誤しながら自分のスタイルを確立していた時期、ロマン派の形式で書かれた交響曲がほかにも沢山書かれたに違いない、という発想からこの企画が始まりました。ベートーヴェンの偶数番号を引き合いに出すまでもなく、演奏機会が少ない曲=駄作とは決めつけられません。埋もれるだけの理由があることが多いのは当然ですが、中には「どうして?」という曲もあるわけで、そこには宝探しのような楽しみもあります。ぜひこの機会にこれら知られざる交響曲の実演現場にお立会いいただき、皆様方の審美眼でそれぞれの曲の価値を決めていただいてはいかがでしょうか?
 さて、第1回目のメインはハンス・ロットの交響曲第1番です。突然話は変わりますが、ウィーンの8区にピアリステン教会という大変美しい教会があります。私の住んでいる7区から徒歩で10数分、散歩にちょうど良いところです。観光客がこぞって押し寄せるような有名な教会ではありませんが、閑静な住宅街を歩いていると突然真っ白な教会が目に飛び込んできます。初夏には教会前広場に近くの喫茶店やレストランがテーブルを出すので、地元の人たちの恰好の憩いの場になります。私が初めてウィーン室内管弦楽団を指揮した際、最初に演奏したのが偶々この教会でした。先日も友人のお嬢さんの洗礼に立ち会うために、この教会を訪れたばかりです。ロットがこの教会のオルガン奏者をしていたということを、つい最近知りました。両親を亡くしたあと、この教会の修道院に部屋を借りて音楽学校に通ったそうです。そして彼の部屋には級友のマーラーをはじめ沢山の友人達が出入りし、議論したり時には泊まったりしたそうです。結局彼は教会側から難癖をつけられ追い出されてしまうのですが、ひょっとして友人達と夜な夜な騒いでいたのがその原因だったのかもと考えると、自分の学生時代を思い出して何だか親しみを感じます。
 そのロットは国家奨学金を申請するにあたり、時の実力者ブラームスに力添えをしてもらおうと、自作の第1交響曲のスコアを携え彼のもとを訪れ、ブラームスにピアノで弾いて聴かせたそうです。しかしブラームスから手厳しい批評をされてしまいます。作曲家として生計をたてていくめどがたたなかった彼は、友人達の勧めに従って現在フランスのミュールーズという街の合唱指揮者として赴任するために乗った列車の中で、向かいの乗客が葉巻に火をつけようとしたところを所持していた拳銃で制止したといいます。理由は「ブラームスが列車にダイナマイトをしかけた」と言うのです。そのまま精神病院に送られた彼は、結局何度かの自殺未遂の末、数年後に結核で世を去ります。25歳と11ヶ月の、あまりにも短い人生でした。精神病院に送られて少しして、国家奨学金の受給決定の通知が来たのですが、時すでに遅し。もし彼がブラームスを訪問していなかったら上記の悲劇は起こらなかったのかもしれません。今回のシリーズではこのブラームスが非常に重要なキーパーソンになります。彼に認められた作曲家、否定された作曲家、そのどちらもが今となっては「知られざる」というシリーズに並べられているのは歴史の皮肉でしょうか。
 最後に、ロットを自分のオルガンの弟子として高く評価していたブルックナーが、作曲コンクールでロットの作品(今回の交響曲第1番、第1楽章の初稿)を冷笑する審査員達に対し憤慨して述べた言葉を添えておきます。
「笑わないで下さい、皆さん。あなた方はいつかこの男からもっと偉大なものを聴くことになるのですよ!」

大阪シンフォニカー交響楽団正指揮者 寺岡清高

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