2009年2月13日 第132回定期演奏会
■シェフからのメッセージ

 前回ハンス・ロットの演奏会には、無名な曲にもかかわらず多くの方々にお越しいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。チケット代より高い交通費を払って、遠路はるばるお越しいただいたお客様方もいらして、楽屋口でロットをめぐる即席座談会などして楽しかったです。なかでも埼玉から夜行バスで来てくれて、これからまた夜行バスで帰るという高校生には脱帽しました。我々は必ず需要があると信じて演奏してはいるものの、井戸に小石を投げてその反応をみるような心もとない状態ですので、こういう方々とお話できると非常に励みになります。
 さて第2回目の今回取り上げるのは、ロベルト・フックス。
 前回のハンス・ロットがウィーン8区のピアリステン教会でオルガニストをしていた話を憶えておられますか?教会に住み込み、級友のマーラーなども出入りしていたというアレです。実はこの教会でオルガニストとして活躍したもっとも有名な作曲家が、アントンブルックナーです。つい先日、この教会のすぐ近くに住んでいて、高校の音楽の先生をしているウィーン人の友達と、ビヤガーデンで地ビールを飲んでいたのですが(ウィーンは白ワインが有名ですが、地ビールもなかなかいけます!)、その彼からブルックナーとこの教会の逸話というのを聞きました。ブルックナーはこの教会で、教師の資格証明書を取得するための実技試験を受けたのですが、この時の審査員の一人が「<我々が彼を>ではなく<彼が我々を>試験すべきだった」と語ったというのです。ブルックナーのオルガン演奏がいかにすぐれたものだったかが窺い知れるエピソードですよね。そして、お察しの通りフックスもまたこの教会のオルガニストでした。つまり、このピアリステン教会のオルガン奏者になるというのは、当時の音楽家達の、いわば出世コースだったようです。
 フックスは1875年から1912年までウィーンの音楽院で作曲理論の教授をしていましたが、その間あのマーラーも2度落選した「ベートーヴェン作曲賞」を受賞しています。ちなみにこの時の審査員の一人がブラームスでした。ブラームスは音楽院作曲科の同僚として、フックスのことをとても評価していたそうで、実際その門下からはマーラー、コルンゴルト、ヴォルフ、シベリウス、そして今シリーズの第3回と第4回でそれぞれ取り上げる予定の、ツェムリンスキーやF.シュミットが輩出しています。ここまで書いてきただけでもお分かりのように、当時の作曲家達は非常に複雑にお互いがかかわりあっています。皆がほぼ同時期に同じ街で活動していたのですから、当然といえば当然ですが…。
誤解を承知で書けば、前回のロットがブルックナーとマーラーの中間だとすると、今回のフックスはブラームスとブルックナーの中間のような作風です。えっ、そんなもの想像がつかない? それではぜひ演奏会にお運び下さいませ。

大阪シンフォニカー交響楽団正指揮者 寺岡清高

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