2010年05月28日(金)第145回定期演奏会
■シェフからのメッセージ

寺岡 清高


 ブラームスという作曲家は色々な楽器編成のためにちょっとずつ曲を書くという、非常に「困った」作曲の仕方をするひとで、例えばピアノソナタは3曲、弦楽四重奏も3曲といった具合で、それぞれ32曲と16曲も書いたベートーヴェンと較べてもずいぶん少ないなあと思います。交響曲もたったの4曲。ベートーヴェンが9曲ですからやっぱり少ない。それどころかオーケストラのために書いた曲は、二つのセレナーデ、二つの序曲、自作のピアノ曲をオーケストラ用に編曲したハイドンの主題による変奏曲と数曲のハンガリー舞曲くらいしかないのです。もっとブラームスのオーケストラ曲を聴きたい!と思った人の数はきっと歴史上数知れないことでしょう。そのうえ、数少ないブラームスのオーケストラ曲は交響曲を中心にほとんどが彼の創作の中期に書かれているため、青年期の激しさや最晩年の諦観の世界は、オーケストラの演奏会の演目からはなかなか窺い知ることができません。
 そのブラームスの肖像写真や絵というと、髭面の怖い顔のものや、でっぷり肥ったお腹でピアノを弾いたり散歩をしているものが有名ですが、実は20代の頃の肖像画をみるとちょっと憂いのあるびっくりするほどの美青年でした。この今で言うブラームスのイケメン時代に作曲されたのが、今回取り上げるセレナーデの第1番作品11とピアノ協奏曲第1番作品15です。前者はドイツ語圏で1850年頃から約25年間、後世に残るような交響曲が作曲されなかった交響曲不作時代にあって非常に価値ある管弦楽曲だったのですが、皮肉にもその不毛時代に終りを告げたブラームス自身の交響曲第1番によって、その音楽史上の価値が下がってしまいました。しかし青年期らしい明朗さ、浮き立つような若々しさに溢れたとても魅力的な音楽です。対照的にピアノ協奏曲は、関係の深かったシューマンの死、その未亡人クララへの想いと密接に結びついた激しく熱いほとばしりのある名曲です。冒頭の尋常ならざる始まりといい、若い作曲家にしか書けない世界がそこにはあります。
 新シリーズ「ブラームス探訪」では、青年期のブラームス、編曲者・被編曲者としてのブラームス、最晩年のブラームスという3本柱をもとに、通常のオーケストラの演奏会プログラムではなかなか聴くことのできないブラームスの様々な音楽をご紹介して参ります。第1回目のテーマは「青年期のブラームス」です。今回はウィーンのピアニスト、ヒンターフーバー氏を口説き落としてご共演いただけることになりました。若き時代のブラームスの音楽をどうぞこころゆくまでご堪能ください。

大阪交響楽団 正指揮者
寺岡 清高

HOME |プログラム公演批評